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スーツと服(4)

「なあ、寄りたいとこあるんだけどー」 肉をたらふく食べて会計を済まし、車に乗り込むなり、香月は切り出した。 俺は少しほろ酔い気分で、機嫌よく相槌を打った。今日は、香月がシラフなのでそれほど飲まないようにしていたのだ。 「ドライブ付き合って」 「いいよ。どこいくの」 俺が訊ねると、香月はすぐに答えずに、外を見つめながら何か考えていた。慎重に言葉を選んでいるような、そんな雰囲気を醸していた。俺が返答を待っていると、やがて香月は吹っ切れたように俺に振り向いて、いつもの調子でこう言った。 「ま、行きゃわかるよ。やらしーホテルくらいに思っといて」 「...はは、絶対違うだろ」 軽く笑った俺に同調して香月も笑うと、車を発進させた。 行き先がわからない場所に向かう時ほど、外の景色をよく見てしまう。 子どもの頃もそうだった。小学校の遠足のバスの中、友達と騒ぎながら、普段見慣れない土地の景色にワクワクして外を眺めていたものだ。 どっちの方角に向かうのだろう。 次の信号はどちらに曲がるのだろう。 昔のように騒ぎはしないけれど、信号機に設置されている標識が見覚えのない地名だったり、知らない道を通ったりするだけで、童心に帰ったような気分になって少し楽しかった。 けれど、俺はもう子どもではない。 ある程度の方向感覚と、地理感覚を身につけた大人だ。 香月の運転は、ひたすら南下していた。 なんとなく行き先を察して、ちらりと香月を伺い見た。 車に乗ってから、香月は言葉数が極端に減った。無愛想、というわけでもないけれど、俺が話しかけてもどこか上の空だった。好きな歌も口ずさまないし、明らかにいつもの空気感ではなかったと思う。 車が右折した瞬間、視界が開けてある景色が目に飛び込んできた。そこは全然やらしーホテルでもなんでもなかった。 海だ。 俺の予想は的中した。 「...当たった」 「ん?」 「海向かってんのかなって」 「ははっ、バレてたか」 香月はきまり悪そうに頬をかいた。 「1人でここによく来るんだよ」 「香月が?」 「そう。俺のお気に入りスポット」 「やらしーホテルじゃなくて?」 「さすがにそこは1人では行かねえなあ」 香月が明るく笑って、ハンドルを握り直した。

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