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嘘
「あれ、大貴、今日もう講義終わり?」
教室で手早く荷物を片付け、鞄を手にして帰宅しようと出入り口へ急ぐ途中、後ろから飯塚に声をかけられた。
大貴は都内の大学に通う3回生だった。実家は大学からそれほど遠くにはなかったのだが、自立目的もあり大学近くの学生アパートで一人暮らしをしている。親から少しは援助を貰ってはいたが十分な額ではなかったため、普段は生活費を稼ぐためにバイトをしている。だが今日はバイトのない日だったため、大貴は一刻も早く帰宅したかったのだ。
「そうだけど」
「そうなんだ。 だったら、どっか行こーぜ。俺もこれで終わりだから」
「いや……今日はちょっと……」
「予定でもあんの?」
「まあ……」
飯塚からの誘いは予想外だったため、大貴はとっさに断りの理由が出てこず、曖昧に答えた。飯塚は仲良くしている友人グループの中の1人ではあったが、普段、大貴とはそれほど絡みがなかった。その様子をじっと見ていた飯塚が笑顔で言った。
「大貴、誤魔化すの下手だよな。何もないんだろ? いいじゃん、行こうぜ。俺と2人なんて滅多にないし」
それとも、そんなに俺と行くの嫌?といじけた顔で聞かれて、大貴は無下に断ることができず、結局飯塚と出かけることになった。飯塚が行ってみたかったという話題のカフェへと向かった。
「これ、めっちゃ、うまい」
大口開けて、嬉しそうに特大のショートケーキを頬張る飯塚を見て、大貴も微笑む。そう言えば飯塚はかなりの甘党だったなと思い出した。店内は大貴たち以外、若い女の子たちでいっぱいでこういう洒落たところに慣れない大貴は少し落ち着かなかった。
「相変わらずよく食うな」
「だって、うまいじゃん。ほら、大貴も食べたら? さっきから全然食べてないし」
「うん……あんま、食欲ないんだ、最近」
そう言って、大貴は注文していたアイスウーロン茶を手にして一口飲んだ。ふと視線を感じて前を向くと、飯塚が真剣な表情で大貴を見ていた。
「何?」
「なあ……大貴、なんかあった?」
「は?」
「最近、ちょっと大貴変だから」
「変?」
「うん。元々静かだけど、ここ最近ほとんど喋んないし。飯も食ってないみたいだし。いつも以上にぼけっとしてるし、なんかあったのかなと思って」
「いつも以上は余計だろ」
「いや、でも、ほんとにいつも以上なんだって」
「そうか? 自分では分かんねーけど」
「……ほんとに?」
「え?」
「ほんとに自覚なかった? 自覚ないにしては、酷い変わり様だと思うけど。……有も心配してた」
「…………」
「なんか悩みがあるんだったら言ってな。俺らで解決できることだったら……『飯塚』」
大貴は飯塚の言葉を最後まで聞かず遮った。口角を少しだけ上げて、無理に笑顔を作って飯塚に向ける。
「心配してくれてありがとな。だけど大丈夫だから。悩みってわけじゃないし。こんなこと言うと悪いけど、お前らに話して解決できるとかそういうことじゃないからさ」
「大貴……」
「だけど、みんなには迷惑かけないようにするから。このことは、そっとしておいてもらえると嬉しいんだけど」
「…………」
飯塚はしばらく黙って大貴を見つめていたが、やがて、はあっ、と小さな溜息をついて俯くと、再び顔を上げて大貴を見た。
「分かった。だけど約束しろよ」
「……何を?」
「ほんとにしんどくなったら、俺らを頼れよ」
「……分かった」
大貴は嘘をついた。
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