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あいつをめちゃめちゃにしたい
電車のアナウンスではっと回想から戻ると、すでに降車駅の手前まで来ていた。電車が速度を緩めるのに合わせて席を立ち、出口へと向かう。電車がホームに滑り込む。扉が開くのが待ち遠しい。今すぐ家へと帰りたい。この興味のない世界から早く自分の世界に戻りたかった。
玄関を開けて自宅に入る。鞄を置くと、すぐに浴室へと向かった。浴槽に浸かることもあまりなくなってしまった。どうせ浸かるなら、あっちで有と一緒に浸ればいい。シャワーで手早く体を洗う。
今日は有と一緒の講義もなく、どっかで出くわすこともなかった。久しぶりだった。今夜は大貴の有に会える。タオルで体を丁寧に拭くのももどかしく、適当に水分を取った後、下着だけ着けて寝室へと向かった。布団に潜り込んで目を閉じる。まだ夕方に近い時間だというのに、あっという間に暗闇が大貴に訪れた。
「ヒロ」
名前を呼ばれて振り返る。暗闇の奥から有がゆっくりと歩いてきた。有が纏う服を見て、大貴は眉をしかめた。
「なんで、それ着てんだよ」
それは昨日、現実の世界で有が着ていた服だった。思い出したくもないのに。現実の、大貴の手に入らない有は。
ふふ、と有が静かに笑った。
「ヒロが望んだんだろ」
「俺はそんなの望んでない」
そう荒げた声で言い返すと、有は不思議そうな顔をして首をかしげた。
「なんでそんな嘘つくわけ? ヒロは現実の俺が疎ましいんだろ? 思い通りにならないあいつが憎いんだろ?」
「…………」
「だから、俺は現実のあいつの姿になって出てきたんだよ。ここでなら、あいつを思い通りにできるから」
「……そういうことじゃない」
「違うの? だけど今日、電車の中で思ってたじゃん。あいつをどうにかしてやりたかったって」
「…………」
「めちゃめちゃにしたかったって」
そう言って、有がゆっくりと笑った。初めて会った時に見せた、悪魔のような笑顔。この有は時々この笑顔を大貴に向けた。
「ほら、ヒロ。好きにしたらいいよ。現実の俺だと思って。抱いてみせてよ」
一瞬で。空間に部屋が現れた。それはどこか見たことがある風景だった。目だけで見渡して、それが有と講義が一緒になる大学の教室だと気が付いた。
有がすっと移動して、いつも有がよく座る椅子へと腰を下ろした。
「早く、ヒロ」
自分にそんな願望があったかどうかは分からなかった。講義の時、有を意識はしていたが。ここでこいつを犯したいなんて思ったことがあっただろうか。
椅子に座る有は、そんな大貴の気持ちを読んだかのように、こちらを見て口を開いた。
「あったよ」
「…………」
「ヒロは、いつでも、どこでも、俺を犯したいと思ってた」
「……そんなの、覚えてない」
「覚えてなくても。それが事実だから。心のどっか奥深くで、そう思ってたんだって」
有が愉快そうにこちらを見ながら話を続ける。
「なんか今夜のヒロはうじうじしてんなぁ。いつもなら会ってすぐに抱き付いてくるのに。現実に近い俺になったら、怖じ気づいて抱けねーの?」
その言葉にムッとする。現実世界だろうがこっちの世界だろうが。有に自分の自尊心を傷つけられるのは我慢ができなかった。
「怖じ気づいてねーよ」
有へと足早に近付いていき、そのまま有の上へ跨がった。
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