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ここにいる

「そうかぁ。それだったら、現実の世界捨ててきたら?」 「……そんなの、できねーだろ?」 「できるよ」  有の笑顔が、また悪魔の笑顔に変わった。 「強く望んだらいい。もう、目を覚ましたくないって。そうしたら、向こうのヒロは眠ったままだから」 「それ……植物状態みたいになるってこと?」 「まあ……そうかな。あっちのヒロとこっちのヒロは繋がってるから。向こうが死んだら、こっちの世界もなくなっちゃうし。だから、このヒロの心臓の音が聞こえてる内はこっちにずっといられるよ」  もう当たり前のようになってしまって意識もしていなかったが、この世界で唯一聞こえるのは、2人の声と現実の大貴の心臓の音。あとは、時々耳にする、向こうの大貴の息遣いだけだった。  その悪魔のような、しかし、天使のようにも感じる甘い誘いに大貴は迷う。  現実は思い通りにならないことが多い。今まで幾度も辛い思いや悔しい思いをしてここまで生きてきた。こちらの世界ならば。自分が望んだ物は何でも手に入るのだ。それこそ、家族も。仲間も。何もかも。しかも、自分の思い通りに動く世界で。  目の前でじっと自分を見つめる有を眺める。現実の有とはあまりにも性格も考え方も違った。なのに。いつの間にか有に惹かれる自分を自覚して。どうして有を好きになったのだろう。焦れるほどに。どうしても、手に入れたいと望むほどに。  どんなに求めても。現実の有が自分のものになるなんてあり得ない。向こうには、有以上に欲しい物ももう何もない。ならば。この目の前の有が言う通り、現実の世界を捨てても何も変わらないのではないだろうか。 「……じゃあ、そうする」 「ほんと?」  有は嬉しそうな笑顔になった。 「そしたら、もうずっとヒロと一緒だな」  そう言って、シャワーの中、大貴の体に腕を回して有が強く抱き締めた。大貴はゆっくりと目を閉じる。  ここに俺はいる。もう戻らない。  誰に誓うでもなく、心の中で強く、はっきりと、呟いた。

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