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何にでもなってやる★

「何すんだよっ!!」  引き剥がされた方の有は、怒りを込めた口調で現実世界の有を睨み付けた。 「それはこっちのセリフだし」 「…………」 「ヒロは渡さない」 「……は?」 「ヒロは向こうの人間だから。ちゃんと生きてる人間なんだよ。弱いところもあるけど。それ以上に強いんだよ、こいつは。ここが別の世界だかなんだか知らねーけど、ヒロは逃げない。ヒロには向こうに居場所がある。家族がいる。仲間がいる。俺と一緒に連れていく」 「有……」  目の前に立つ現実世界の有の背中を見つめる。自分のことをそんな風に思ってくれていたなんて、知らなかった。  それを聞いていた大貴の世界の有は、意地悪そうにもう1人の有を見た後、わざとらしく大声を上げて笑い始めた。 「よくそんなこと言えるよなぁ」 「……何がだよ」 「誰がヒロを追い詰めたと思ってんの? お前だって。ヒロはお前のことが欲しかったんだよ。だけど鈍感なお前は気づこうともしないし思い通りにもならない。結局、どんどん疎ましくなって、お前と縁切りたくてこの世界を創ったんだよ。だから俺は生まれたんだよ。ヒロの望む、思い通りになる有として」 「…………」  大貴の前で背中を向けて立つ有が息を呑むのを感じた。この世界に引きこもった大貴の理由がそんなことだとはきっと予想もしなかったのだろう。 「お前がいるから、ヒロは帰らない。この世界でずっと俺といたらいい。その方がずっと幸せだ。苦しまなくて済むし、悩まなくて済む。そうだろ? ヒロ」 「……俺は……」  確かに。またあの現実世界に戻れば状況は変わらない。戻ればまた、有を求めて苦しむ日々が始まるのだろう。例え。自分の求めている有が、現実世界の有だと分かっても。それが、手に入るかどうかは別問題だった。その苦しみにもがくより、それが嘘でも、完全に満たされなくても、有に近い何かを手にした方がずっと楽なのかもしれない。  大貴はその質問に答えることができずに黙った。大貴の世界の有が愉快そうな笑顔を見せた。 「ほら。答えられないだろ? 迷ってんじゃん。迷ってる内は、現実世界には帰られない」 「……黙れ」 「……は?」  現実世界の有が強く言い放った一言に、大貴の世界の有が笑みを消して眉を潜めた。 「誰がヒロのもんにならねぇって言った」 「…………」 「ヒロが望むんだったら。俺は何にでもなってやる」  その言葉に、大貴は息を呑んだ。 「有……?」  有の名前を呼ぶと、有がゆっくりと振り返った。その顔には優しい笑顔が浮かんでいた。 「ヒロ、1回も俺に言ってこなかったじゃん。言ってくれたら、俺はいつでも応えたのに」  そう言って、有が大貴へと距離を縮めてきた。目の前まで来て大貴を見上げる。 「俺だって、ヒロのことが欲しいってずっと思ってた」 「それ……ほんと?」 「こんなの、嘘ついてどうすんだよ。俺、確かに鈍感だから。ヒロが同じように思ってくれてたなんて分かってなかったし、俺も意地になって自分の気持ち隠してた」  だって、ヒロ、俺にめちゃくちゃ冷たかったじゃん。そう言いながら、有が顔を近づけてきた。そっと、有の唇が大貴の唇に重なった。そこで初めて気が付く。その感触も。香りも。熱も。何もかも。自分の創った有とは何一つ同じものはなかった。  触れるだけのキスなのに。なんて気持ちがいいのだろう。これが、本当に自分が望む、自分が求めてきた相手とのキスだからだろうか。  そりゃそうだ。  キスを続けながら、大貴は心の中で笑う。自分の創った有は、自分の想像の上に成り立っているに過ぎない。どんなに似せようと、現実の有と交わったことのない自分が、全く同じ有を創れるわけがないのだ。大貴は有の体に腕を回してきつく抱き締めた。  有がそっと唇を離した。そのまま鼻を大貴の鼻に軽く擦り付ける。 「ヒロ……。俺と帰ろ」 「……うん」  有が鼻を離した。至近距離で見つめ合って、どちらからともなく微笑み合った。

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