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もう一度

「……本当にそれでいいわけ?」  遠くから声が聞こえてきた。そちらを向くと、もう1人の有が静かに立っていた。 「言っとくけど。その本物の有さんは今起こってることを覚えてない可能性もあるよ」 「……どういう意味だよ」 「こっちの世界に来たこと自体、あり得ないことだけど。通常、寝ている間に起こるから、おそらく今、そいつは向こうで寝てるはず。起きた時、覚えてるかどうかは賭けになる」  そう言われて、腕の中の有と顔を見合わせる。 「もし覚えてなかったら。何もかも振り出しになる。何も変わらない。またそいつを求めるだけの苦しい毎日が始まるだけだ。ヒロはそれでも帰るつもり?」 「覚えてる可能性もあるんだろ?」  大貴がそう尋ねると、大貴の世界の有は気怠そうに首をかしげた。 「さあ。どうだろうな。こんなの、初めてだから分からない。ラッキーだったら、夢として覚えてることもあるかもな。だけど、しょせん夢だから。そいつがそれを本当に起こったことだと信じるかどうかも分からない」  大貴の世界の有が大貴に向けて手を伸ばした。 「最後のチャンスだ、ヒロ。俺と一緒にここにいよう」 「……お前、一体、誰だよ」 「俺? だから、有だって。ヒロが創った、完璧な有」 「お前は有じゃない。完璧でもない。完璧なのは、ここにいる、本物の有だけだ」 「……じゃあ逆に聞くけど。俺は一体なんなわけ?」 「……お前は俺が創ったものかもしれないけど。だけど、元にあるのは、そういった現実世界を捨てた人間に上手く取り憑いて欲を貪る奴だ。人の欲を食って、暗闇の中に永久にいる化け物だろ」 「……化け物とはよく言ってくれたな」  悪魔、とか格好良く呼んでくれよ。とその有は嫌そうに眉を寄せた。 「俺はこいつと一緒に帰る。もう迷わない」  そう言って、腕の中の有を見た。有は大貴の目を真っ直ぐに見上げて笑った。 「大丈夫。俺は絶対忘れないから」 「ん……。有を信じる」  自然と、両手の指をお互いに絡め合った。有が大貴の肩に額を乗せる。大貴は目を瞑った。  もう一度。やり直したい。現実の世界で。この有と。  そう強く大貴が願った瞬間。どこまでも続いていた暗闇の世界の一角がビリビリと凄まじい音を立てた。稲妻のような閃光が縦に流れ、その隙間から明るい光が差し込んだ。そのあまりのまぶしさに大貴は目を細める。その隙間から漏れた光が暗闇に徐々に広がっていく。  もうこれ以上目を開けていられない、と思った時。視界の片隅に、大貴が生んだ有の姿が見えた。その有と一瞬だけ目が合う。有は笑っていた。それは、あの大貴に度々見せた悪魔のような微笑みではなかった。2人を心から祝福するような、天使のような笑みだった。  大貴はそんな有に少しだけ微笑み返して、それから、ゆっくりと、強く目を瞑った。

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