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第5話
ワクワクしていた気持ちは学校に行くまでにしなびていく。
同じ年頃の子供達の声が聞こえると胸が締め付けられるようになる。
姿が見えなくなればいいのに、と端や物陰を歩いていく。
まだリクのことを良く知らない子供達はリクに声をかけてきたりもする。
転校生。
珍しい子。
でも、リクは返事ができないから、声をかけられる度に俯くしかないのだ。
昨日は声が出たのに。
リクは話しかけてくれた子供達に答えることさえできず、結局いつものように自分の席で俯く。
話しかけてこないで欲しいと願いながら。
「転校生、おるやろが」
教室の入り口で聞いたことのある声がした。
あの少年の声だ。
心臓が強く脈打った。
「おる。おるけど。変なヤツやで」
「しゃべらへん」
「話しかけても無視しよる」
少年は人気者らしく、違うクラスなのに、子供達は少年の周りに群がっていく。
「男のくせに女みたいやし」
「女かと思ったもん」
「女みたい」
その声にリクは目を瞑る。
リクは自分が少女のような容姿であることが好きではなかった。
来年は中学生なのに、まだ女の子に間違えられる。
目立ちたくないのに、目立ってしまう自分の容姿が嫌いだった。
そして、自分の容姿が女みたいで変だと、あの少年に告げる子供達の声がつらかった。
少年は昨日はなんとも思わなかったけど、みんなが変だと言うなら、リクの容姿が変だと思うかもしれない。
「男・・・」
どこか呆けたような少年の声がした。
沈黙。
不安になる。
やはり、リクの姿が変だと思ったのか。
「どうしたん?」
「どうしたん?」
子供達も不思議そうに尋ねてくる。
「まあ、ええ」
少年はちょっと怒ったような声で言った。
何に怒っているのか。
リクは不安になる。
少年が教室に入ってくるのがわかった。
俯いたままリクは身体を強ばらせて、少年がこちらに来るのを待つ。
怖かった。
逃げたかった。
今朝まであんなに会いたかったのに。
顔を上げられなかった。
「リク」
少年が名前を呼ぶ。
もう隣りにいるのに。
顔が上げられない。
怖い。
女みたいで変なヤツ、みたいな表情が少年の顔にうかんでいたらどうしよう。
「リク!!」
少年がみじろぎもしないリクに苛立ったように声を上げる。
リクはその声の大きさにを身体をピクリと震わせた。
「・・・・・・リク」
困ったように少年が呼ぶ。
リクは顔を上げられない。
教室のみんなが見ているのがわかるからだ。
みんなが少年とリクのやりとりが気になって仕方ないのだ。
見ないで。
消えたい。
リクは願う。
少年と二人きりなら。
昨日なら。
顔位は上げられたのに。
「何でや・・・昨日はちゃうかったやん」
困ったように少年が言う。
ザワザワと子供達が話す声。
集まる視線。
リクは人の視線に耐えられない。
見ないで。
見ないで。
オレを見ないで。
虐められた記憶。
まだ低学年だったとはいえ、教室の隅に話せないリクを追い込み、子供達はリクの服を全部脱がせ、叩きのめしたのだ。
リクの全身にトリハダが立つ。
「リク!!こっち向けや!!」
少年の声が怒っていたから、リクはどうすることもできなくて、机に突っ伏して泣いてしまった。
泣くなんて。
泣くなんて。
12にもなって。
こんなの嫌なのに。
でも。
でも。
リクにはどうすることも出来なかった。
少年を怒らせてしまったことも。
少年に答えることも。
少年の顔を見ることも。
嫌われたくないのに。
どうすることも出来なかったのだ。
「泣かせた」
「転校生泣かせた」
「先生に言うたろ」
「先生、男子が転校生泣かせました」
子供たちが騒ぎだす。
「なんでやねん、なんでやねん、リク!!」
少年が肩を揺すってくる。
余計に答えられない。
答えられない。
声も出ない。
リクは低い嗚咽しかでない自分の喉を呪った。
もう嫌われてしまったのだと、少年の顔を見る事もできなかった。
少年が掴む自分の肩の痛さが、とても切なかった。
先生が飛び込んできて、少年と自分を離すまで、リクは泣き続けた。
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