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第6話

 「一人で帰れるの?」  保険の先生の言葉にリクは頷く。   家族に迎えに来てもらうか、と聞かれて首を振ったリクに先生は心配そうに聞いたのだ。  「帰りたい」  保険室に連れて来られたらリクは、先生にもらった紙にそう書いた。  「誰も悪くない。オレが悪い」  そうも書いた。    誰かに虐められたのかという問いにこたえるために。  少年がリクを虐めたなどと思われたくなかった。    リクが悪いのだ。  話が出来ないリクが。  少年はリクを普通の子だと思って話かけただけだ。  「お母さんに連絡するから」  リクは先生の言葉に頷いた。  母親にかけた電話で先生が事情を話してからリクに変わる。  「大丈夫?」  母親の声にリクは一回受話器を叩いた。  yesの合図だ。    「一人で帰れるの?迎えに行くよ?」  母親は本気で言ってくれるが、リクは母親の仕事が大変なのは知っている。  父と母は技術者で、数年単位でプロジェクトに関わっているのだ。  その度に転校している。  リクは強く一回受話器を叩いた。      母親はため息をつく。  リクの意志が伝わったからだ。  「先生に代わって」  母親の言葉に保険の先生に受話器を渡す。  「はい。そうですね・・・」  先生が母親の言葉に頷いている。  そして、リクは家に帰ることを許されたのだ。  リクはトボトボ歩く。  鞄の中には少年に渡せなかったTシャツがある。  悲しい。  悲しい。  怒らせてしまったのだ。  涙が零れ落ちそうになるのを耐える。    自分には。  友達なんて。  無理なのだ。  多分。  一生。  リクは唇を噛み締めた。     「リク!!」  声が聞こえた。   驚いて振り返る。   そこには走って追いかけてくる少年がいた。  リクは混乱した。    なんで?  他の子達はまだ学校にいるはず・・・。  思わずリクは走ってしまう。  逃げてしまう。  だってわからない。  どうすればいいのかなんて。  「逃げんな、リク!!」  少年は叫んだ。  そしてスピードをあげてくる。  少年は速かった。  簡単にリクを捕まえた。  二人は道に転がる。  でも、少年はリクを離さない。  リクは少年の胸に抱きしめられていた。  「逃げんなや・・・リク・・・」  少年の声に痛みを感じて、リクは逃げようとするのをやめた。  少年の身体はリクよりはるかに大きくて。  人気のない舗装されてない田舎道で、リクは少年に抱きしめられたまま、転がっていた。  「逃げんといて」  少年の声の切なさに、リクは抱きしめられたまま、少年を見上げた。  少年の目が自分を食い入るように見てくるのを、少し怖いとリクは思った。  「怖がらせたらゴメン・・・リク声が出ないんやって先生に聞いた。知らんかった・・・だってお前昨日は・・・喋れたやん」  少年は必死だ。    「帰るの見えたから、追いかけてきた・・・」  少年は言った。  強くリクを抱きしめたまま。      それが苦しい。  強く締め付けられて苦しい。    リクの苦しそうな顔に少年は腕の力は緩めるが離そうとはしない。  「嫌わんといて・・・」  少年の声にリクはピクンと身体を震わせる。  リクは思わず少年にしがみつく。  嫌わないで。  そう言いたいのは自分だから。  今度は少年が震えた。  「リク・・・」  少年の声が震えていた。  二人でしばらく、互いの身体にしがみついていた。  土の道。      草の匂い。     空が見えた。  少年の目が。  自分を見つめる少年の目が少し怖くて。  でも、目が離せなかった。  少年がぎこちなく笑った。  それに、なぜかホッとしてリクも笑う。  少年は眩しそうに目を細めた。  眩しいものなんかないのに。  少年はぎゅっと力を込めてリクを抱きしめてから、リクをはなして、おきあがった。  そして、リクの手を掴んで引き起こす。  「家まで送ったる」  少年は言った。  手をつないだまま。  リクは頷いた。  頷くしかなかった。  というか。  うれしかった。  うれしかった。  昨日みたいに手を引いて歩かれることが。  声はもう昨日みたいに出てくることはなかったけれど。  少年は嬉しそうで。  リクも嬉しかった。  家の門まで送ってくれ、名残惜しそうに少年はリクの手を離した。  リクは慌てて、鞄の中から母親がビニール袋に入れてくれた少年のTシャツを取り出して渡した。  そして、ペコリと頭を下げた。  ありがとう、の代わりに。  「うん」  少年は照れくさそうに笑ってうけとった。  そして、「学校に帰る」と、走って行ってしまった。  何故か離れる前にまた抱きしめられた。  少年なりの仲直りの印だったのだろうか。  リクは戸惑いながら、でもうれしかった。    追いかけてきてくれた。  追いかけてきてくれた。  それが、胸がいたむほど、嬉しかった。          

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