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第37話

 「お月様綺麗やね」   幼い少女が手を引く。  「きれいやね」  繰り返すだけの幼児。     二人は家出をしていた。  怒られたことに腹を立てた少女が家出をすると言ったなら、幼児は泣いてついてくると言ったのだ。  幼児には一つ上の少女がいなくなるなんて耐えられないのだ。  幼児と少女はどちらかの家で常に一緒に預けられ、兄弟以上に兄弟だった。  離れることなどかんがえられなかった。  少女が家を出るのなら、幼児も当然一緒なのだ。  二人は手を繋いで町を出ようと歩いていく。  月だけが二人を照らす。  怖くなかった。  明かりもない夜道さえ、二人なら。    「ずっと一緒やで」  少女の笑顔。  「いっしょやで」  幼児が舌足らずに繰り返す。  二人は廃れた神社のあの樹の下で抱き合って眠ったのだ。  幼児は少女の暖かい胸に抱かれて寝た。  少女も幼児の暖かさを抱いて寝た。  町のみんなが二人を見つけるまで。   それは幸せな時間だった。  幼い日から、離れることなんか考えたことはなかった。  時に抱き合って眠り、笑い、手を繋ぎ、走り。  同じ時間と同じモノを見て。  深く繋がっていたのだ。  子供時代のどこにでも。  互いがいた。  いたのだ。  「あんたはあたしのもんや」  少女だった彼女が言う。  「違う・・・違う。オレは・・・オレは・・・リクのもんや」  彼は顔を覆って言う。  彼女の顔を見ることさえ出来ない。  やましくてたまらない。    「リク・・・そう、リクやの、そうやね」  彼女が小さく笑った。  そして、彼の首元から見えるペンダントの革紐をつかんで俯く彼の顔を上げさせた。  もう彼はへたり込んでいたのだ。  「これ、リクのやろ。・・・あたしもリクを見てたんよ」  彼女は乱暴にペンダントを奪う。  彼はそれを止められない。  リクからのプレゼントなのに。  それはリクの心なのに。  それより恐怖がある。  彼女がずっとリクをみていたということに。  「可哀想や、思ててんで?あの子は何も知らんであんたに利用されただけやん。あんたはあの子の身体使うて、気持ちようなって、あたしから逃げて・・・あの子も被害者やって」  彼女の言うことは本当だ。  だからうなだれるしかないのに、うなだれることさえ彼女は許してくれない。 顎をつかんで、自分の方を向かせる。 オフィスの入り口だから、二人の様子に人が集まり始めている。 彼女は気にしない。 彼もそれどころではない。 「許してくれ」 彼の声は震える。 ずっと逃げてきたもの。 それが追いついたのだ。 「許さない・・・」 その声は。 甘くさえあった。 後数ミリでキスになる距離で。 でも、彼女は去った。 リクが贈ったペンダントを持って。 彼を置いて。 何が始まるのかも解らず、彼は怯えた。 怯えたのだ。  

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