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第6話
「なぁ、雅浩、どうしてこんな時期外れに、しかも天下のN高校を辞めてまでウチに来たんだ?」
表向きの理由は聞いてはいたが、彼の顔をずっと見ているとどうしてもそれが本当の理由とは思えない。
「ああ、本当は、同じ学校の恋人が自殺した。勉強で追い詰められた末のことだと遺書にはあった。東京の同じ大学、同じ学部を目指していた。が。俺はいつも模擬テストでA判定だったが、あいつはC判定だった。『Cでも受かるヤツは受かる。だから一緒に頑張ろう』と励まして来たんだが、最後に逢った時、ポツリと『もう、疲れた』とだけ言って去った。その夜だ、彼がマンションから飛び降りたのは…。それで、全てが虚しくなった。学校も辞めて働きたかったが、学歴も一応は大切だ。だが、あいつと一緒に通った学校にだけはもう通いたくなかった。両親はあいつと俺が親友だと思い込んでいたから…『転校したい』という俺には反対しなかった。ただ、それだけの理由だ」
淡々と語っているが、言葉の端々に激情がにじみ出る。
「そう・・・か」
それだけしか言えなかった。下手に慰めるよりも…と思い、そっとベッドから下りた。
「視聴覚教室へ行こう」
肩に手を置いて、そう誘った。
この駅で一番高い建物はこの学校と寮という辺鄙な場所だけあって、夜道は外灯が等間隔に無人の道を照らしている。雲ひとつない空に満月が清浄などこか蒼い光を放っていた。
雅浩の過去を聞いてから、何となく彼の孤独と衝撃を分かち合いたい気分になって、千秋の方から手を繋いだ。横目でそっと見上げると、彼も満足そうに微笑っている。学校までは1キロ程度だが、平坦な道なのでそんなに時間は掛からない。
「しかし、驚いた。転校した先でアイツと良く似た人間と出会うなんて…」
「そんなに似ていたのか?」
「いや、背格好は殆ど同じだが、顔が少し違うな…冷たい感じがするのは似ているが、千秋の方が整った顔立ちだ。性格も千秋の方が強そうだ」
「それって褒めているのか?」
「もちろん。もし、アイツより繊細な人間ならば…こんな関係になろうとは思わなかっただろう…あんな思いは二度としたくない…」
どう考えても褒められているようには思えなかったが、これ以上聞いて彼の心の傷を深めたくなかった。
「ここから入れる」
鍵が壊れてそのままになっている窓を指差す。窓を開け、先に入った。今日初めて知り合った相手とこんな関係になってしまったのは自分でも信じがたいが、雅浩の全てを知りたいという欲求を抑えることは出来ない。
「鍵は掛けていないのか?」
「ああ、規則の厳しい学校だし、夜中に忍び込んで悪さをする生徒は居ない。それよりも3キロほど離れた牛丼屋に行って見つかった生徒の方が多い。皆退学処分になった…」
「それは厳しいな…盛り場で遊ぶならともかく、牛丼を食べに行っただけだろ?」
「ああ、だから退学処分のリスクを背負って学校に忍び込むヤツなど居ないし、近所も畑だらけだ。学校に金目の物もないから、警備員も居ない」
「それは好都合だ」
無人の校舎だけに何となく声を潜めて会話をしていたが、雅浩は面白そうに笑った。白い歯が零れ、月明かりに反射する。つい見惚れてしまった。
視聴覚教室に忍び込む。ここの机は三人が同時に勉強出来るように長方形の形をしている。机の上には何も備品はない。というのも、この教室は音楽鑑賞とセンター試験用のリスニング対策でしか使用されておらず、リスニングには実戦さながらのICプレイヤーが配布されるし、音楽は教室の壁に埋め込まれたスピーカーから流れてくる仕組みだ。
「おい、カーテンを開けるのか?」
声に非難を込めた。一教室だけカーテンが開いているのも不自然だ。
「どうせ誰も通りかからない。現に今まで誰にも出会わなかった。それよりも、月明かりだけででも千秋のイイ顔を見たいし、身体も見たい」
耳元に低い声で囁かれると抵抗出来なくなる。窓に一番近い机の上に腰を掛けた。上を向くとすかさず唇が降ってくる。
「見た目は薄そうなのに、意外と柔らかい唇だ。ずっとキスしていたくなる」
少しだけ唇を離してそう言われると理性が弾けた。雅浩の学生服の釦を外す作業に熱中する。厚い生地なので外すのは少し骨が折れた。ただ釦を外しているだけなのに…自分の釦は毎日留めたり外したりしているのに、奇妙なほどの興奮に包まれる。上半身をはだけさせると、額にキスされた、愛しそうに。
学生服は色々なところにポケットがある。雅浩は寮の部屋から持ち出してきたタオルを机に敷き、その上に全裸の千秋を座らせた。胸が恐怖とそれを上回る期待にわななく。
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