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第8話(R15)

「水上……クンって変わってるって言われない? 俺ともっと話したいなんて」  花下が何かを言う度に水上が謝るので、花下は知らず知らずのうちに水上をビビらせているんじゃないかと思い、申し訳程度に「君づけ」をしてみる。  だが、暫く呼び慣れていない敬称は花下にとっても、水上にとっても、居心地が悪そうだった。 「花下さんと話したい! なんて、な。水上クン?」 「水上で大丈夫です。実は、『ミナカミ』って呼ばれるのに、慣れてなくて」  と水上は言うと、花下は水上を2年生か3年生だと思い、自分と同じ長期留学組かと思って、「どっから帰ってきたんだ?」と聞き返す。 「あ、僕、まだ1年です。『水上』って、『水の上』って書くじゃないですか? だから、大体、『ミズカミ』と間違われてて……」  まだ水上が中学校の時は良かった。  地味な風貌の水上だが、中学の頃は学年を越えて、学校で成績上位者だった。毎回、中間考査や期末テスト、全国模試で好成績を叩き出し、『ミズカミ』ではなく、『ミナカミ』だと示すことができた。この碧葉学園にも中学校の担任やクラスメートの公立の期待の天才、希望の星として、入学することができた。  しかし、碧葉学園は全国的にも偏差値が高い学校で、地元の中学校の上位者が落ちこぼれてしまう。  学業の成績が全てではないが、もう水上も先生にも土中以外のクラスメートにも強く出ることができなくなっていた。 「ふーん、水上って童貞?」 「はぁ?」 「いや、成績だけじゃねぇだろう。1番、字が上手いヤツ。料理が上手いヤツ……野郎なら童貞卒業したヤツ」  同じようなことを土中にも言われた。  しかも、目の前にいるのは長期留学組の成績も、容姿も申し分ない先輩だ。  捻くれて、素直に受け入れられないってことも十分にあり得る感情な筈なのに。  水上は静かに答えていた。 「童貞です」 「ふっ、じゃあ、卒業してみないか?」  まるで、甘い香りで惑わされて捕食される獲物のように、水上はゆっくりと花下に歩み寄る。  花下は紙面から顔を上げると、水上を抱きしめた。

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