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第16話

「意外と簡単に入れましたね。身分証明とか求められたらどうしようかと思いましたけど」  水上と花下はホテルのフロントを通り過ぎて、部屋に入る。  バスルームにトイレ、クローゼットと簡易式の冷蔵庫という基本的な設備があり、あとは小さなテーブルと椅子が2脚。それに、申し訳程度にベッドサイドがあり、クイーンサイズのベッドが2つ並んでいるだけの部屋。  決して広くはないが、いつも花下と逢瀬を繰り返していた談話室くらいの広さに「談話室を思い出しますね」と声が弾む。 「ああ、もう日本の俺の家だったところは人に渡してしまったからな。親父達が日本で滞在したりして、必要な時はここのホテルとかを借りているんだ」  花下は何でもないように言うと、窓際に置かれた椅子の1脚にかける。  窓からはビル群の裏通りが見え、遥か彼方には青い夏の空が広がっている。  先程、感じた花下が遠くに行ってしまうという焦燥感で水上は溺れてしまいそうになる。 「……水上? 水上?」 「えっ」  花下が呼んでいるのも聞き逃し、水上はいきなり現実に戻される。 「大丈夫か?」  花下は「暑かったから気分が悪くなったんじゃないか」とか色々、気を回してくれ、「水でも飲むか」と言い、財布を持って、部屋を出ようとした。 「大丈夫です! あ、でも、咽喉は渇いたから買いに行こうかな? 花下さんは何が良いですか? 花下さんこそ暑かったからシャワーとか浴びて待っててくださいよ」  水上はそう言うと、花下をバスルームに押し入れる。 「じゃあ、緑茶。あんまり渋くないヤツで。あと、ミネラルウォーター2本と水上の好きなヤツ、買ってきて」  花下は奢ってやると、持っていた財布から1000円を取り出す。 「分かりました。じゃあ、行ってきます!」

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