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第2話

「和長様、お勉強しましょう」 皇居の中の、広い和室。皇太子である和長様の世話係も、僕の仕事だ。皇太子ということは、つまり僕の実の弟。ただ、和長様はこの事を知らないけれど。 「(ぜん)、かずはお馬ごっこがしたい。馬になれ」 「またですか...。いい加減お勉強をしないと、天皇様のように立派になれませんよ?」 「いーやーだー!お勉強なんてしない!お父様みたいにならなくてもいい!」 駄々をこねられると困る。和長様はまだ幼いし、遊びたい盛りなのは非常によく分かるが...。 ここは厳しくいかねばならない。 「和長様?お言葉ですが、そのようにいつまでも嫌だ嫌だと言ってお恥ずかしくはないのですか。春からは学校にも行かねばならないというのに、ご学友に遅れをとるようでしたら稲荷家としての威厳が立ちませんよ。もう赤ん坊ではないのですから、しっかりしてください」 スパッとまくし立て、ふと和長様の目が潤んでいることに気がつく。目元が真っ赤だ。 (...いけない、言いすぎた) 後悔した頃には時すでに遅し。 「わあああああああん!!!」 皇居中に響くのではないかという程大きな泣き声。思わず耳を塞いでしまう。半妖の状態なので、狐耳と人間の耳両方閉じなければならなかった。 わあわあと叫ぶ和長様。こうなったら手のつけようが無い。 バタバタと廊下を走る音が聞こえ、スパアアンッと障子が開かれた。そこに在わすは、煌びやかな着物に身を包んだ、美しい妖狐。 (ああ、今日はどれくらい殴られるだろうか) 皇后様だ。 「まあまあ、和長さん、どうしたの!」 猫撫で声で和長様をあやす、お母様 「ヒック...、蝉がっ、かずのこといじめたあっ...!うわああん!」 「あらあら、そうなの、蝉が...。怖かったねえ」 「う、お母様ああ!!」 えぐえぐと嗚咽する、幼い皇太子様。それを優しく抱きしめ、頭を撫でてやる皇后様。マスコミにより記事にされれば、その親子愛に国中が涙するだろう場面。 僕はひたすらにこの後のスケジュールを考えていた。 (この後100は殴られるとして、その状態で来客を相手にするのは見苦しいか...。今日は精霊族の宰相がいらっしゃるからな。そうだ、処刑時間を早めてもらおうか。そのあとなら、少しは傷が治っているはずだ) 「蝉、こちらに来なさい?」 「はい、只今」 和長様は泣き疲れたようで、母親の膝で安心しきったように眠っている。 にこやかに微笑む皇后様。その目に光は無かった。 「世話係の身分で、可愛い和長に何をするんだい」 パァンッ。頰をきつく叩かれる。 「まったく、その醜い顔を何度も私の前に見せないでおくれ。ねえ、お前はいつになったら死ぬんだい?処刑執行人やわがままな和長の世話なんて誰もやりたがらないから使ってやってるけどね、この仕事が無ければとっくにお前を八つ裂きにして、固い地面の下に埋めてやってるんだよ」 「申し訳ありません」 頭を畳に付け、深く謝罪をするが、妃の手は容赦なく降ってくる。 バシッ! 「あはは、何度そのセリフを聞いたことか!ねえ、蝉。お前はこの邸で一生誰にも愛されずに、殺しだけをして死ぬんだよ。ああ、なんと可哀想な事!」 「はい」 ゴッ...と鈍い音が脳内に響き、僕の意識は途切れた。 皇后様の高らかな笑い声が、最後まで聞こえていた。

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