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第6話

「...っ、奇襲か!?」 反射神経で宰相を押しのけ、素早く着物を着る。呆気に取られた様子の宰相は簡単に退かすことが出来た。パラパラ...と天井が音を立て、崩れてゆく。上から大砲でもうったのだろうか。 「何者だ!!」 サッと腰の刀を抜いて構える。――が、敵は一向に姿を見せない。天井裏の埃が舞って、視界は不良だ。 「にっ...逃げないと...!」 宰相が震えながら衣服を羽織り、パタパタと浴槽から出て行く。ふん、愚か者めが。そんなので国のナンバー2とは、精霊国の先は長くないようだな。 それはともかく、だんだんと埃が晴れ、視界に黒い影が写りこんできた。 (...妖狐か...?いや、それにしては耳と尻尾が見えないな) それに、先程からピクリとも動かない。...まさか、自分から落下しておいて、骨折でもしたのではないだろうな。 刀を構えたまま、ジリジリと影に近づいてゆく。 「...!!」 姿を真近で見て、驚愕した。 (コイツ、狼だ!!) ツンツンした銀の髪がその証拠。人間のような風貌をしているものの......これは、正真正銘の狼だ! ただ、気絶しているのか、瞼は閉じられたまま。ガッシリとした体格に似合わないあどけない寝顔で、何やらふにゃふにゃ寝言を言っている。 「ンアー...。ニンニン豆腐がおいかけっこ...。ほら、クジラ丸、早く逃げろ...ムニャムニャ」 (どんな夢を見ているんだ...!) そして、よくこの状況で夢を見られるな! 侵入者という自覚はないのか!? 「...っ、お、おい!貴様、何を呑気に寝ているんだ!起きろ!」 ドンッと刀の柄で頭を殴る。すると、間抜け面がフガッ!と体を揺らした。 「んー......?ッイタタタタ...。うわぁ、こりゃ折れたな」 パチっと開けた瞳の色は金。夜の王と称されるその名にふさわしい、吸い込まれそうな瞳。だが、当人はこちらに見向きもしない。目の前にいるというのに...。 これは、馬鹿にされているのか。 「おい!!」 一際大きな声で、再び呼んでみる。そこで、狼は今気が付いたとでも言うようにこちらを見上げた。母親に叱られた子供のような表情をしている。 「あー...。わり、ここお前の家だった?いやー、妖狐の街の屋根で、ちょっくら追いかけっこをしていてだなあ。捕まえられそうになったから、屋根突き破ってここに逃げ込んだってわけ」 語尾に☆でもつきそうな程軽く言われ、僕は目を見開いた。 (なんだ、コイツ...!?) 呆れて物も言えないぞ。 「お前...っ、ここは皇居だぞ!この国で一番屋根を突き破ってはいけないところだ!」 哀れな狼だ、これはもう処刑場行きだろう。どうせ僕が刀を入れるのだし、もうここで殺してしまおうか。うん、それがいい。変態宰相から逃れられたことには感謝しかないが、ここでコイツを逃しても利益は無いのだから。 だが、いくら僕が恐ろしい形相を見せても、狼はあぐらをかいたまま動こうとはしなかった。 それどころか、ニヤニヤとこちらをみつめてくる。 「なー、お前、こんな大浴場で何してたんだ?その年になって水遊びか?くくくっ、かんわいー」 「な...口を慎め!私は傷を洗っていただけだ!」 本当は違うが、あんな屈辱的なこと言えば更に笑われるだろう。僕は着物の袂をキュッと整えて、痕が見えないようにした。 「ふーん、ま、いっか。なあ、ここ皇居って言ったな。俺、もしかしなくても、やらかしちまった?」 はっ、今更気が付いたのか。

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