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第7話

「ふん、その通りだ。天皇陛下の在わす神聖な場所に、貴様は不法侵入したのだぞ。今から刀でその首を掻っ切ってやるから、ついてこい」 顎をくいっと前にやり、スタスタと歩く。だが、着いてくる気配が無い。 立ち止まって振り向くと、狼は土下座していた。 「......何の真似だ」 「頼む、今回ばかりは見逃してくれ!」 「却下」 誰が罪人の頼みを聞くもんか。いいか、僕は成人こそしていないが、もうこの道130年のベテランなんだ。いちいち情けをかけると思うなよ。 「そこをなんとか頼むよぉ...!なっ、今度水遊びに付き合ってやるから。裏山に大きな湖があってだなあ...」 カチン。 「いい加減にしないか、狼。私が子供だからって、からかっているのか?」 スラリと刀を抜き、切っ先を首に向ける。すると狼は舌を出して、上目遣いに僕を見つめてきた。 「う、...悪かったって。とりあえず早く刀降ろせ、な?」 「............」 金色の月のような目には、どうしてか逆らうことができなかった。元来妖狐を食料としていた狼。やはり、本能で怯えてしまう。自分が情けなくて、より一層怒りが増してきた。 震えるこめかみをなんとか抑え、ふー...と、長い息をつく。 これをすれば、大抵の怒りは収まるのだ。だが、変わらずおちゃらけた様子の狼は、刀を突きつけられてもなお、ちょっかいを出すことをやめない。 「にしても、俺妖狐って初めて見たなあ。うわあ、ふわっふわだ」 ツンツン尻尾を突かれて、一気に毛が逆立った。 パッシイ!!と手を払う。 「触るな!穢れるだろうが」 「うへへ、悪ィ悪ィ。――ん?」 途端、顔を覗き込まれて、じいっと瞳を見つめられた。 「...今度は何だ」 (僕の顔が醜いという話なら、もう聞き飽きたぞ) 聞きすぎて、今では正直だれかに顔を見られるのも苦痛だ。いっそ、一生お面でも被って生きていきたい。 だが、狼から飛び出したのは予想外の言葉だった。 「......やっぱり。な、お前、綺麗だな」 にしっと笑う、悪戯っ子みたいな侵入者。 「っな、にを...」 馬鹿にしたことを、と言おうとしたが、叶わなかった。あぐらをかいたまま僕から目を逸らさない、まるで純真無垢な子供のような狼。そのガラス玉のような瞳に映る自分。決して綺麗とは言えない容姿。――この狼は、一体、何を。 「俺、分かっちまうんだよ。“星のような奴”が、さ」 「星の、ような...」 コクンと頷く狼。銀の髪が、光の加減で輝いて見えた。 「知ってたか?華やかな灯りがいっぱいあると、星は見えなくなっちまうんだって。でも、確かにおんなじ所で、ずっとキラキラ光ってるんだ。綺麗だよなあ」 視線を宙に向けて、嬉しそうに笑う男。 それを見て、少し――泣きそうに、なった。 「お前は...私を、星のようだと思うのか...?」 罪人を殺して。 「こんな、醜い、汚い妖狐を...」 毎日、血に染まった刀を洗って。 「星のようだと、思うか」 もう何も感じなくなってしまった、僕を。 「くくくっ。――俺が今まで見た中で、一番綺麗な星だ」 綺麗だと、言うなんて。

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