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第8話
大浴場が、しんと静まり返った。妙に気恥ずかしくて、瞬時に下を向く。なんなんだ、コイツ...。いきなり現れて、こんな...。こんな、たらしみたいな。言われ慣れない事を真っ直ぐ伝えられると、馬鹿な僕はひょっとしたら...。
ひょっとしたら、侵入者にだって、簡単に好意を持つかもしれないんだぞ。
これじゃあ、首を斬れないじゃないか...。
――が。
「くっはー!今、俺カッコ良かったよなぁ!?な!?にへっ、“お前が一番綺麗な星だ...”
わはははは、どうだ、惚れただろ!」
「............」
前言撤回。今すぐ斬ろう。直ちに斬ろう。おい、何が“惚れただろ”、だ。気色悪いキラキラ効果を振りまくな、その顔面を踏み潰してやろうか!
「あー、それよりか、腹減ったなー。ここ皇居だろ?なんか美味いものくれたりしない?」
「黙れ!貴様は今から胃袋が必要無くなるのだ、あの世で霞 でも食べてろ!」
「霞ィ?はは、それは仙人だぞ?狼はそんなの食べませーん。バカな〜」
こちらを指さし、やれやれまったくと苦笑いを浮かべる憎い顔。もう我慢ならない、ここで斬ろう。
「覚悟はいいな。では斬るぞ、さん、にい...」
「え、あれ、ちょっと待てちょっt「おい!ここに居らっしゃったぞ!!」......あ、」
突然聞こえた甲高い男の声。掲げていた刀を、サッと声の方に向ける。
(チッ、一体何だ。良いところだったのに)
「王子!まったく貴方という方は、なぜよりによって稲荷の皇居に突っ込むのですか!?
ほらっ、帰りますよ!もう時間がないんですっ」
ツカツカとこちらへ歩み寄ってくる、小綺麗な狼。たった今聞こえた『王子』という不穏なワード。...これは、どうやら面倒な事に巻き込まれたようだ。
「お、おい貴様、王子とは一体どういう事...わっ」
「逃げるぞ!」
スックと肩に担ぎ上げられ、一瞬天と地がひっくり返ったように感じた。
「王子!どこへ行かれるのですか、これ以上私の手を煩わせないで下さいませ!」
「悪ィな、巴 !お相手には上手く言っといてくれ!じゃーなっ」
「王子ーーーーーー!」
次第に遠ざかってゆく、キイキイ声。頭を抑え、嘆いているのが見えた。
そして、ユッサユッサと揺られながら、僕の怒りはピークを迎えていた。迎えすぎて、もう割れるんじゃないかと思うくらい。
「こらっ、降ろせ!何で私も貴様と逃げないといけないんだっ、まるで共犯者じゃないか!?」
「舌噛むぞ、お口チャックしとけ」
「ッおっ前...!!」
心底狼が憎くなった、この日。これから僕の日常は目まぐるしく変化するのだが――...。
そんなことよりも目の前の馬鹿をすぐにでも殺してやりたい、今日の僕だった。
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