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第10話
それからというもの、仁は毎日のように皇居に来るようになった。初めはなんと堂々と正門から入って来たもんだから、僕は門番に必死で言い訳をしなければならなかった。...僕が言い訳するのもおかしな話だけど、コイツと来たら門番に問い詰められても「んあー?」とか言って、のんびりと門の周りをウロウロするだけでさ。
あまりにも堂々としているからか、門番にはあっさり通してもらえていた。汗まみれのコッチなど御構い無しにスキップしながら進む仁を斬りたくなったものだ。
翌日からは、皇居の隅の隠し扉から入るように躾けておいた。僕の部屋に続く小さな扉だ。教えてやると仁は目を輝かせ、「かっけぇぇぇぇ!」と大興奮。他にも隠し扉はないのかとせがまれて、頭を殴って宥めたのは記憶に新しい。
(こちとらお前の存在を隠すので精一杯な上、仕事だってあるんだぞ!)
現在僕は和長様と遊んでいる真っ最中。和長様は、自身の部屋から遠く離れた僕の狭い和室にいきなりおいでになり、遊んで欲しいとせがんできたのだ。皇后様は今日は会食で留守にしており、まだ幼い和長様は一人で夜を過ごすのが寂しいらしい。
可哀想に、真っ暗な廊下を一人歩いてきた彼は、僕を見るなりたたたっと駆け込んできた。
「蝉ー!!怖かったぁぁぁぁぁぁあ!」
わぁぁんと泣きながら駆け寄ってくる和長様を見て、僕は瞬時に仁を押入れにぶちこみ、「死んでも喋るな、出てくるな」と言った。
「おい、お前、荷じゃなくてぜんって言うのか?」
「とっとと黙れ、蝉は仮名だ」
「ああ、なるほど」
とっさに嘘をつけた自分に嫌気がさしたが、ドンッと突っ込んできた幼子は考える隙を与えてくれない。
「蝉、蝉〜...!何でここの廊下はこんなに真っ暗なんだ?和はお化けが出るとおもったぞ...!!」
くりくり真っ赤な目で怒る和長様が愛らしくて、安心させるためにぎゅうっと抱きしめてやった。キュッと和長様も小さな手でしがみついてくる。思わず笑みが溢れた。
「ふふ、もう大丈夫ですよ。蝉がそばにいますからね」
「うぅぅぅぅ、蝉ーーー!!わぁぁぁああん!!」
「はいはい、大丈夫、大丈夫」
トントンと背中を叩いてやる。えぐえぐ泣きじゃくる和長様。僕も怖い夢を見たとき、こんな風に美玲に慰めてもらったっけ。抱き締められて背中をさすられると、自然と落ち着いて。いつのまにか、眠っているんだ。
怖いとき、寂しい時、誰かの存在は、助けになるんだ。
「和長様?蝉と一緒に遊びましょうか」
「ひっく、えぐ...。うん、あそぶ...」
「はい、じゃあお鼻チーンしてください」
「っび、ふぃーん...」
「よくできました」
「......えへへ」
やっぱり和長様は可愛い。僕は、ひょっとしなくてもアレかもしれない。人間でいうところの、ぶらこんってやつ。我がままなところもあるけれど、それも全部含めてこの弟が愛おしいんだ。きっと、この子に僕が実の兄だなんて伝えることはこの先100%ないだろう。いつだったか、和長様がお兄ちゃんが欲しいと言っていた時には、もどかしくて本当のことを言いそうになってしまった。
“僕が、貴方のお兄ちゃんなんだよ”って。
もちろん口は噤んでおいたけど。
「見ててくださいね、それっ!」
いち、にい、さん...と徐々に数を増やしながら、お手玉を披露する。お手玉は得意なんだ。小さい頃美玲に教えてもらっていたから。
「わああああ...。すごい、すごい!蝉、和もやる、和も!」
「じゃあ、まずは二つからですよ。ほら、こうやって...」
頰を真っ赤にさせて、さっきまで泣いていたのが嘘のようにぴょんぴょん飛び跳ねる和長様。
兄弟水入らず...じゃなかった、押入れに仁がいたんだっけ。しっかし、中で死んでいないだろうな。静かにしていてくれるのはありがたいが、さっきからまるで気配がしないんだ。僕は陛下に頼まれれば暗殺だってするから、生き物の気配には敏感な方なんだけど...。
和長様と遊び終わったら、直ちに押入れを覗かなくては。
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