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第11話
「蝉、かずが蝉のとこに来たのは、寂しかったからじゃないからな!今日はお母様がいなくて、一人で寝るのが怖かったからとかじゃ、無いからな!かずは、蝉が寂しがってると思ったから来たんだ!」
「はいはい、もちろん分かっていますよ」
ファサッと布団を一つ敷いて、和長様の小さな頭を撫でる。
「さ、もう寝ましょうね。和長様、明日は確か、山野様のお嬢様が遊びにいらっしゃる日でしょう?きちんと寝て、明日の朝、顔に隈 が出来ないようにしてください」
「……分かった」
稲荷家と代々関わりの深い山野家。その5人目のお嬢様、鹿波 様は、和長様と同い年だ。和長様はまだ小さいからよくお分かりになられていないけれど、二人はすでに許嫁同士でもある。まだまだ二人は、お互いの家に行き遊び合う、親しい友達のような関係だけど。
「蝉は畳の上に寝るのか?」
布団は一つしかないので、和長様に使ってもらおうと考えていた。だが、布団からじっとこちらを見てくる和長様に、僕は戸惑ってしまった。
「ええ、そうです。蝉の事はお気になさらず。ゆっくり休んでください」
そう言って、ふふっと微笑んでみせる。本当に平気なんだ。仕事によっては、地面で眠る日だってあるのだから。それに比べれば、畳は心地いい。
「蝉、蝉」
布団の中から、和長様が手を伸ばしてきた。まだまだ短い腕を精一杯伸ばして、こちらを見つめてくる。
「こっち、来て。一緒に寝る」
「い、一緒に、ですか…。しかし蝉はやはり畳の上が相応ですし、何よりきっと狭い…」
「いーの!一緒!」
グイッと腕を引っ張られて、僕は半ば強制的に布団に入った。
(驚いたなあ…。和長様、いつの間にこんなにお力が強くなられたんだ?)
豆電球の橙色の灯りに、和長様の顔をみると、あどけない顔はすでに微睡んでいた。こっくり、こっくり、でも寝るまいと、何度も瞬きを繰り返している。可愛らしいその姿に、笑みが溢れた。
「和長様?もうお眠りになられてくださいね」
「う…。蝉、かずは、鹿波よりも蝉と遊ぶ方が楽しい…。だから…、」
「ふふ、そうなんですね」
「うん、だから、かずは、鹿波と結婚するのはいやだ…」
「………え、」
――一瞬、息をするのを忘れた。ぎゅっと僕の服にしがみついてくる和長様。
(…知らな、かった)
和長様が、鹿波様との将来のことを、きちんと考えていたなんて。今まで遊んでいても、そんな話もそぶりも見せていなかった。鹿波様と一緒にいる時も。和長様は、普通に楽しげだった。
「和長様、あの…」
スー、スー…。
鹿波様の事がお嫌いなのですか、と聞こうとした時には、和長様はすでに寝息を立てていた。僕の服は掴んだままで。
「…あぁ、和長様、ごめんなさい…」
僕にはどうする事も出来ない。許嫁を破棄する事は、決して許されない事なのだから。何しろ、天皇様と皇后様、山野家の、両家が決めた事なのだから。もちろん子供達に相手を選ぶ権利は、無い。こんなの、あんまりだ。
和長様には幸せになってもらいたい。自由がないのは、僕だけで充分だ。この家が嫌だ。和長様も僕も、どこか他の家に生まれてこられたら、良かったなぁ…。
豆電球をパチンと消した。
小さな和長様をぎゅうっと抱きしめて、僕は目を瞑った。人の体温を久しぶりに感じた。
(暖かい…)
せめて夜の間だけでも、この子を弟だと思って眠りたかった。
――この家に僕たちは、二人。
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