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第13話

和長様は、普段皇后様と同じお部屋で過ごしている。僕の部屋から遠く離れた、敷地の奥にある広いお部屋だ。 そこにはすでに皇后様がいらっしゃった。煌びやかなその姿を発見し、タタタタっと和長様が駆けていく。 「お母様!お帰りなさい」 健気にぎゅっと抱きつくその姿を見て、穏やかな気持ちになった。皇后様が美しい笑みを浮かべて、小さな体を受け入れている。 「まあまあ、ただいま、和長さん。一体どこに行っていたの?帰ってきたらあなたがいないものだから、お母様は心配しましたよ」 「蝉の部屋に行っていた!」 「…そう、蝉の…。でも、一体どうして?この子の部屋は、ここから随分遠いじゃないの。もし和長さんが道に迷ったりしたら…。それに、勝手に部屋の外に出てはいけないと、何度も言っているでしょう」 「う…分かっている…」 しゅんと俯く和長様。 そんな彼を抱きしめたまま、ジッとこちらを睨みつける皇后様に、思わず体の力が入った。 「…あの、皇后様。私が和長様をお迎えに行ったのです。ですから和長様は悪くありません」 「う、蝉…。お母様、違う。かず、寂しくなって、それで勝手に蝉の部屋に行ったんだ。それで、蝉、お手玉して、ぎゅーってしてくれた…」 庇ったつもりが逆に庇われて、ジーンとした。いつもはわがままだけど、本当はこの皇太子様は、誰よりも僕思いなんだ。 「一人でお部屋の外に出て、ごめんなさい…」 「そういう事なら、いいのですよ。お母様はただ和長さんのことが心配で心配で…。ちゃんと眠れたの?」 「!そーだった!お母様、かず、今日夢を見たんだ。えっと、蝉とお母様とお父様とかずで、宝探ししたんだ!こーんな小さな妖精とか、大きな竜が出てきた!」 さっき僕に話した事を、身振り手振りで説明する和長様。皇后様はうんうんとその話を聞いているが、夢に僕も出てきていることが気に入らないらしい。 「和長さんは、よっぽどこのセミの事が好きなのねぇ。どうせすぐに死ぬというのに」 皮肉たっぷりの笑顔で、そう仰られた。なかなか毒の効いた一言だけれど、普段から周りがそんな会話ばかりの皇居で生まれた和長様は、皇后様の言葉は至って普通だと思っているようだ。 そのまま素直に受け取り、 「お母様、蝉はセミじゃないしまだ若いぞ」 と、不思議そうな顔で言ってくれた。 僕としてはその無邪気さは愛おしくありがたかったのだけれど、それはかえって皇后様の癪に触った。 「…蝉、今日はお前は休み無しです。寝ずに働きなさい。これが今日処刑する者の名前だからね。それから、豚小屋のメスがそろそろ食べ頃だから…分かるわね?ああそう、あと、執務室の掃除も。今日は召使いを休ませるから」 「はい」 僕の頭は一気に仕事モードになった。急に仕事が増えるのはよくある事なので、何も思わない。 (あ、でも…。これじゃ夜は仁と会えないか…。しまったな。アイツまた寝ずに僕の事待ってそうだぞ) 心の中ではあ、と肩を落として、お辞儀をする。 「それでは、これで失礼します」 「蝉、また遊んでくれ!昨日は楽しかったぞ!」 「…はい、蝉もです」 ありったけの笑顔でブンブン手を振る和長様。それにまた胸が熱くなった。 が、今すぐ仕事に取り掛からなければいけないので、カタン、と戸を閉め、僕は部屋をあとにした。

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