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第17話 過去

(わわわわわ…) 稲荷 蝉、80才。人間で言えば約7才。実の父である天皇と、たった今、狼国の城に足を踏み入れたところである。 城に入っていきなり、蝉は圧倒された。 (ててて、てんじょうがたかい……!!なに、あのキラキラしてるやつは!?) キラキラしてるやつ=シャンデリアのことだろう。 ――蝉は、生まれた時から一度も皇居の外に出た事がなかった。ずっと外には憧れてはいたものの、まさか初めての旅が、狼国の城だとは思いもよらなかった。 ただ、普通の者とは違うところが、これが単なる旅行ではなく、蝉の外交の練習を兼ねているという事だ。 「よくぞいらっしゃいました、稲荷様。さぞお疲れでしょう」 狼国の王様は、銀の美しい長髪を結んだ、長身の青年だ。青年のように見えるだけで、実際はもう何百年と生きているのだけれど…。 ともかく、蝉はこの王を見た時にも非常に圧倒された。王者の風格と、他を寄せ付けないオーラがそこはかとなく漂っていたからだ。 自分でも気がつかない内に、体を縮め、心なしか天皇の背中に隠れてしまっていた。 パチリと王と目が合い、尻尾の毛が一気に逆立つ。 「ふふ、こちらの子が、例の?すっかり緊張しているようだ」 王の言葉に、天皇がハッと蝉を見やる。ギロリと睨まれて、ようやく挨拶を忘れていたことに気づいた。 「ぜ、蝉です。ほんじつは、おいそがしい中おまねきいただきありがとうございます」 背筋を伸ばして、事前にみっちり叩きこまれた挨拶をする。その様子に、王は柔らかな笑みを浮かべ、頷いた。蝉の緊張が少し解ける。 「こちらこそ、来てくれてありがとう、蝉君。稲荷様も、今日はゆっくり休んでください。 従者に部屋を案内させますから」 「ありがとう、助かるよ」 「(ともえ)、蝉君を案内してあげなさい。稲荷様はこちらへ」 「かしこまりました。蝉様、こちらへどうぞ」 それから従者に案内をされている間中、蝉は胸の鼓動が止まらなかった。城の何もかもが美しく、新鮮だった。 皇居だってかなり広いが、それでもこんなふかふかの絨毯は初めて見るし、何より蝉は普段汚れた離れで暮らしているので、全てが初めて見るものばかりだった。 「こちらが蝉様のお部屋です。どうぞごゆっくり。食事が出来ましたらお呼びしますので、それまでは城の中でおくつろぎくださいね」 「はい、ありがとうございます」 ギィ…と扉を閉めて、感嘆のため息がでた。こんなに良くしてもらったのは、生まれて初めてだ。こんなに広い部屋を用意してもらったことも今までなかった。 (わ…。これ、ふとん…?) 脚のついたフカフカのベッドに驚いて、少しだけ触れてみる。 「わっ」 あまりの柔らかさに声が出た。 (す、すごい…。もしかして、ぼくここでねるのかな…?) いつもの、木の床に古着を敷いて作る寝床とはあまりの違いで、ひょっとするとここで寝ると叱られるのではという考えさえよぎった。 ひとまず荷物を置いて、これからどうしようかと思考を張り巡らす。さっきの巴さんという従者は、城の中ならどこでもくつろいでいいと言っていた。 正直、一人でこんなに広い城を動き回るのは、少し怖いかもしれない。だが、折角皇居の外に出られたのだ。この機会に、ここをもっと見て周りたいという思いが高まってくる。 「ちょっとだけ…」 蝉は胸をドキドキさせながら、その小さな体には押すのも一苦労な重い扉を開け、廊下に出た。 ――途端。ヒュンッと、何かが蝉の背後に隠れた。 「…!?」

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