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第18話 過去

「…っ!?」 あまりに突然の出来事に驚く。恐る恐る振り向きかけると、どこからか甲高い声が聞こえてきた。 「仁様ーーーーー!!!お待ちになってくださ…ハァ、ハ…」 巴だ。さっき蝉を穏やかに案内してくれた従者が、今や息を切らしてこちらに向かってくる。 蝉に気がつくと、瞬時に背すじを伸ばして敬礼した。 蝉もビクッと敬礼した。 「…ハッ、蝉様。いや、申し訳ない、このようなみっともない姿を…。あの、こちらに貴方様と同じくらいの背丈の男の子が来ませんでしたか?こう、銀髪ですばしっこい…」 ヒュンッと素早く脚と腕とを動かし、バカ真面目に説明してくれる。 蝉は間違いなくさっきの黒い影だと思った。 「そ、それならきっとこの子で…――あ、あれ?」 だが、振り向いたものの、そこには誰もいなかった。 「あれ…?確かにさっき僕の後ろに……」 「……なるほど」 巴はギラッと目を輝かせた。「蝉様、少し失礼しますね」と礼をし、蝉の後ろの大きな扉をグンッと両手で開いた。 「……やっぱり」 蝉も巴の後ろから部屋を覗き込むと、そこには、さっき置いた蝉の荷物と、そこに紛れた……。 「仁様!!」 「チッ、見つかったか」 銀髪の、美しい少年がいた。 「あぁもう、あなたって人は!ここがどこだと思ってるんですか!お客様のお部屋ですよ!? まったく、もう!さ、早く行きますよ!恋華(れんか)様がカンカンになって待ってらっしゃいます!」 立ち上がった仁は、あっかんべーをして、脱兎のごとく走りだし。 「そんなのしらねーー!ついてこれるならついてきな、巴!まっ、お前にゃむりだろうけどなー!」 ニヤリと笑って、一瞬にして部屋から逃げ出した。 巴が絶望した様子で頭をかきむしる。 「あぁぁぁぁぁあ、まったく、あ・の・ひ・と・は!!!」 綺麗な髪が乱されていくのを見て、蝉はどうしたら良いのか分からなかった。 「あ、あの、巴さ……」 「蝉様!!」 「は、はいっ」 首がもげそうなくらい素早く巴がこちらを振り向いたので、蝉は驚いて肩を縮ませた。 「我が王子のご無礼、どうかこの私に免じてお許しください…」 「お、王子…。は、はい、そんなのもちろん構いません、あの、それよりも…。その、追いかけなくても?」 「ハッ!!そ、そうでした!誠に申し訳ございませんが、私はこれで失礼いたしま…仁様ーーー!! 待ちなさーーーい!!!」 「巴ー!おそいぞー」 「あ、こらー!気をつけなさい、侍女にぶつか……あぁぁぁ!!!まったくもう!!」 ガシャーンと皿が割れる音が城内に響き渡った。 次第に声が遠のいていく。 蝉は扉から身を少し覗かせ、ポカーン…と去りゆく二人を見送った。 「な…、なんだったんだろう…?」 首を傾げて、すごすごと部屋に戻る。正直、もう部屋の外には出ようとは思わなかった。 ため息をついて、ペタンとふかふかの絨毯に腰を降ろす。 「さっきの子…。王子様だったのかなぁ。巴さん言ってたもんなぁ…。…やっぱり綺麗だったな…」 ぷに、と自分のほっぺたをつつく。 初めての外出に心が浮き立って、すっかり忘れていた。自分の容姿が皇族の者と比べて劣っているせいで、皇太子の座から、稲荷家の血筋からパチンと切り落とされたことを。 ――つい最近、弟が生まれた。稲荷家の現・天皇と皇后の「第一子」だ。名を和長と言う。 「この子の周りでは和が末永く続くように」、和長。幼いながらに、弟と自分は名前から根本的に違う人生なんだと察した。それに、和長が生まれて来た時、立ち会った者全員が口を揃えてこう言ったという。 「皇后様は天使を産みになられた」と。 さっきの銀髪の王子といい、やはり、王族とはみんな決まって容姿端麗なものなのだろうか。 (そういえば僕、もうすぐ和長のお世話係になるんだよね…。僕にできるかな…。良い子だといいなぁ…) 蝉は、ハァ、と深いため息をついた。 「ひとまず、あいさつの練習でもしようかな…。このままじゃまた怒られちゃう」 「ははっ、お前もしかして妖狐?すっげー、初めてみた!」 「……………………え?」

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