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第12話
修一郎の妹、佳代さんは待ち合わせに現れた僕を見てはっとした顔をした。それで彼女が康平を知っているのだとわかった。
祖母と同年代の佳代さんと、駅前のカフェで話をした。
修一郎の家は大きな造り酒屋だったそうだ。
彼は長男だったが家業を継がないで医者になると宣言して学業に励んでいたそうだ。修一郎が医者を目指したのが、康平のためだったかどうかはわからない。
ところが康平が療養に行って間もなく、跡取りとして家業を継いだ弟が事故で亡くなった。そのため、急きょ、修一郎は大学を辞めて実家に戻った。
そんな事情で彼は家業を継いで、見合い結婚したらしい。
不本意な結婚だったのか知る由もないが、すぐに子供に恵まれ家業も順調だった。
ところが結婚二年目に火事にあい、修一郎は亡くなった。その火事でアルバムなども焼けてしまって兄の写真は一枚も残っていないので本当に嬉しいと、写真を手にした佳代さんは喜んだ。
最初に見つけた以外にも数枚の写真が見つかっていて、それを渡したらとても大事そうに目を細めて眺めていた。
父親の顔を覚えていない子供(と言ってももういい大人だが)や孫に見せてあげたいと写真の修一郎を見ながら優しく微笑む。
「写真は祖父の兄が撮ったようです。康平さんと言って、体が弱くてもうずいぶんと以前に療養先で亡くなったそうですが」
挟んであった修一郎の本と写真の裏書を見ている佳代さんに教えると、佳代さんはじっとその文字を眺めてぽつりと言った。
「康平さん、覚えてます。何度か会ったことがあるのよ」
修一郎が高校の友人だと言って家に連れてきたそうだ。
「そうだったんですか。僕は康平さんに似ていますか?」
「ええ。最初に見たときは驚いたわ」
佳代さんはうなずいてコーヒーを飲んでから、ためらうようにそっと言った。
「兄はね、どうやら好きな人がいたみたいなの。兄の結婚前の話よ」
「……はい」
「その人のために医者になりたかったようでね。待っててくれって言ったのに、約束を破って悪かったって言ったことがあるの」
僕は黙って佳代さんの話を聞いた。
「医者になってその人の病気を治したかったんでしょうね」
蚊帳の中で座っている修一郎の気持ちはどんなものだったんだろう。そして今、二階から何を思って玄関を見ているんだろう。
「でも約束を守れなくて、とても後悔していたの」
今も修一郎は後悔しているんだろうか。だからうちにいるんだろうか。佳代さんの話を聞きながら、僕はそんなことを考えた。
「あなたがこれを見つけたのは、縁なのかもね」
佳代さんは僕にはわからないと思って話したのだろうけど、僕には修一郎がなぜうちに来たのかわかったような気がした。
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