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第9話

 前に向き直ると、俊介がふうっと息を吐いた。 「シートベルトをお締めください」  いつもの俊介に戻っている気がする。ちくりと刺してみる。 「どうしたんだよ。さっきはあんなにピリピリして」 「人混みの中でした。危険がございます」  バックシートに身を任せ、遥は口を尖らせる。 「それにしたって、感じ悪かった」 「申し訳ございません」  沈黙が車の中に落ちた。 「楽しかったですか?」  運転席から諒が訊ねてきた。 「うん!」  遥の声が思わず弾んだ。 「中華街って、本当に日本じゃないみたいなのな。関帝廟ってところにお詣りした。すっごく長い線香を立てたんだ。それから豚まん食べて、粽食べた。タピオカミルクティーも飲んだぞ。あ、海の傍でジェラートも食べた。そうだ、甘栗屋の客引きがしつこくてうるさかった。それから小蓮といろんな店をのぞいて面白かった!」  一気に話したら、息が切れた。肩を上下させる遥に、俊介が俯いている。髪が揺れているところを見ると、笑っているようだ。 「俊介、笑うな!」 「申し訳、ございません。遥様のあまりの勢いに、飲まれてしまいました」  諒と助手席の喜之も小さく笑っているようだ。 「遥様が大変お楽しみのごようすで、安心いたしました」 「うん」  遥は俊介が抱えている、土産の品に目をやった。 「小蓮にお礼をしないといけないよな」 「それでしたら、隆人様とご相談なさってはいかがでございますか? 今夜はいらっしゃいます」  遥はうなずく。 「わかった。そうする」  車は一路東京のマシンションへ戻った。  遥が帰宅すると、隆人が既にいた。初めてのことだ。 「無事でよかった」  安堵の息をついている。 「心配性だな」  隆人に小蓮が土産にくれた唐子の根付けをみせる。 「俺と隆人にだって」 「翡翠か。なかなか上等の品のようだな」  夕食には焼売と小籠包も温め直されて出され、ふたりで味わった。  食事の後はリビングに移り、今日一日のできごとを話した。 「行きの高速で対向車線で事故があってびっくりした」 「お前に何もなくてよかった」 「それから、小蓮と横浜の海に行って――」と、車の中で俊介たちに話したことを、もう少し落ち着いた調子で聞かせた。 「で、小蓮にお礼をしたいんだけど、何がいいと思う?」 「やはり日本らしい物がいいだろう」 「俺としては、できれば見て美しくて、しかも使ってもらえるような物がいいな」  隆人が少し考えてから、口を開いた。 「江戸切子の揃いのグラスはどうだ?」  遥は身を乗り出す。 「それ、どんなの?」  諒が用意したノートパソコンで、隆人が江戸切子を検索してくれた。 「うわっ、綺麗だな」  表面の色ガラスを繊細にカットしたグラスは端正で美しい。伝統的な直線的デザインの物ばかりでなく、大胆な曲線が使われている物もある。 「外商担当者に頼めば、お前が望む物を用意してくれるだろう」 「オールド・ファッションド・グラスが使いやすいかな。赤と青が揃いって感じがするよな」  隆人が笑った。 「夢中だな」  遥は隆人を見返す。 「それだけ今日は有意義で、楽しかったんだ」 「それはよかった」  隆人が遥の唇にキスをした。 「落ち着いてゆっくり選べ」 「そうする」  遥からゆったりと唇を合わせた。  その後、遥はいろいろ迷った上で、同じデザインの薄赤色と瑠璃色のグラスを選んだ。それに手書きのカードを添える。  心を明かせる最良の友と、そのパートナーへ、祈りと愛を込めて文字を綴った。  ― See you again ! ― (おわり)

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