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第8話

 大通りに出ると、老舗の茶房の店先でほかほかと湯気が立っている。何段にも重ねた蒸籠からおいしそうな匂いが漏れてくる。  視線をそこに向けたまま、訊ねた。 「あれ何?」 「豚まんだな。あそこの店は有名なんだ。食ってみるか?」 「うん!」  小蓮の誘いに、遥は大きくうなずいた。  彭が、豚まんをふたつ買ってきてくれた。渡されたほかほかのそれにかぶりつく。肉汁がじゅわっとにじみ出てきて手まであふれそうだ。 「美味いか?」 「美味い。肉汁すげぇ」  遥はあまりのおいしさに頬が緩んで、元に戻らない。  小蓮が笑いながら訊ねてくる。 「粽も食うか?」 「食いたい!」  即答である。  笹に包まれた三角粽の麻紐を解いて、かじりつきながら、小蓮といろいろな店先を冷やかして歩いた。  流行っているというタピオカミルクティーとかいうのも買って飲みながら歩いた。紅茶もうまかったが、タピオカのぷにぷにした感触が面白かった。 「腹いっぱいになっちまった」  小蓮が苦笑いを浮かべた。遥も笑って「俺も」と答えた。  ミルクティーのカップを手に少し歩いてから、思い切って訊ねた。 「なぁ、もうひとつ聞いていいか?」  ストローを口にくわえて小蓮が「ん?」と先を促す。 「レヴァントとセックスしてるんだろ?」  小蓮が紅茶にむせかけた。でも、訊くなら今しかない。 「俺はよく分かんないんだけど、レヴァント以外の男としたことあるか?……したいと思ったこととか……」 「無い」  きっぱりとした答えだった。が、その後、小蓮が遥を見つめてくる。何か考えているようだ。ゆっくりと言葉が続いた。 「俺はミーシャ以外の男と恋仲になる気はない」  そして、小蓮は空を見上げた。 「本当だな」  突然の声に顔を上げると、ミハイル・レヴァントがブルーグレーの瞳で小蓮を見下ろしていた。 「ミーシャ?!……仕事は?!」  小蓮がいくぶん焦っている。 「会議と打ち合わせは終わった。視察は手早に済ませた。帰るぞ……」 「帰るぞって、まだ……」  小蓮がはスマートフォンで時刻を確認している。  きっぱりとレヴァントが言った。 「もう、五時だ。門限は守れ!」 「俺は中坊かよ!」  小蓮の子どもみたいな大声に、思わず噴いてしまった。  しかし、口答えする小蓮の腰をしっかりと抱え、遥に驚くほどやさしく微笑んだ。何かの前触れだろうか。 「加賀谷から早く帰すように、何度もメールが来た。済まないが、また今度、うちのパピィと遊んでやってくれ。……迎えが来てる」  レヴァントの指先が背後を示し、はっとして振り返った。  そこには俊介がいた。いつになく厳しい表情を浮かべている。 「お時間でございますよ、……隆人さまがお待ちです」 「待ってるって……まだ、会社……」  思わず口を尖らせてしまう。 「着く頃には日が暮れます。さ、遥様、参りますよ」  俊介らしくないきつい口調に、思わずうなだれる。 「おい、ちょっと待てよ」  小蓮の声に遥は顔を上げた。小蓮は俊介を不快げに見ている。 「土産くらい買わせろ」  小蓮に手を掴まれた。入ったのは土産物屋だ。中国人の店主なのだろう。小蓮は中国語で何かを告げた。  店の奥から出されたのは、一揃いの緑色の小さな人形だった。 「これは翡翠の唐子の根付けだ。遥と隆人用な」  包まれた物を渡された。両手でしっかりと持つ。 「ありがとう」  店の外に出ると、彭に何かを言いつけている。彭は走って行き、走って戻ってきたときには胸に包みを抱えていた。温かいそれを小蓮が押し付けるように渡してくれた。 「焼売と小籠包だ。一番美味い店のだぞ」 「ありがとう、小蓮」  胸が一杯になる。小蓮が残念そうに笑ってくれた。 「仕方ないけど、……気をつけて帰れ。また遊ぼうぜ」 「絶対。約束だぜ!」  遥は小蓮と拳を合わせて、ハイタッチして別れた。  車に乗ると、後部座席に膝をつき、リアウィンドウから小蓮が見えなくなるまで、手を振り続けた。

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