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ラブ・アット・ファースト・サイト ――貴方に一目惚れ 3

 口さがない女子行員たちの噂話など聞こえないふりをして、さっさと身支度を済ませた建樹は顔馴染みの警備員に見送られて裏口から通りへと出ると、この三階建てビルに掲げられた看板を見上げた。  夜空に放つその光、『城東(じょうとう)銀行』の赤い文字に憧れ、希望に溢れた入社式を迎えたのが昨日のように思われる。  夢……幻……いや、すべてが終わったわけではない。裏方には裏方の道があるし、そこにはそれなりのやり甲斐も存在するだろう。表に出る者ばかりが会社を支えているのではないのだ。  気持ちを奮い立たせてみようとするものの、重苦しさから逃れられない。このまま自宅へ帰れるはずもなかった。  やり切れない思いを紛らわせるには酒にでも頼るしかない。  カーキ色のトレンチコートの襟を立てた建樹は黒いビジネスバッグを提げたまま、S駅とは反対の方向に広がる繁華街へふらふらと向かった。  街の中心を貫く大通り、それより一本西に入った道沿いは、この辺りでは一番賑やかな飲食街である。  プライベートで立ち寄る機会など滅多になかったが、華やかにきらめくネオンはこの街にはそぐわない存在をも、優しく出迎えてくれる。  どっしりとした構えのフレンチレストランから、赤い提灯が手招きする居酒屋、上司の御供で訪れた高級クラブ、スナックやパブの名前が林立する雑居ビル、時折響くタクシーのクラクションに、行き交う人々の足音とざわめき、強い香りをまとった夜の蝶たちの嬌声……

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