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ラブ・アット・ファースト・サイト ――貴方に一目惚れ 4

 都会の喧騒に飲み込まれ、自分が何者なのかすら忘れてしまいそうになりながら、まるで誘蛾灯に惹かれる哀れな虫のようにネオンサインへと引き寄せられる。  そのショット・バーは初めて訪れる店だった。ブロンズの扉に、コンクリートが剥き出しになった壁を照らす紫のライト。洋風な造りと『紫苑』という、漢字を使った店の名前が不釣合いに思えて、妙に気になる。  なぜここを選んだのか、自分でもよくわからないが、知らない店に入って高い勘定を請求され、後悔する羽目になるのでは、という危惧は不思議となかった。  ドアを押して足を踏み入れてみると、ムスクの香りが漂う店内は薄暗く、聞き取れない程の音量でジャズが流れていた。  ダウンライトの下、十脚ほどのカウンター席にテーブルが三つのこぢんまりとした広さで、表の造りから受けるイメージとはまた違い、セピア色に映る場末の酒場といった雰囲気はどこか郷愁を感じさせる。  奥の壁にはコピーのシャガール、照度を落とした間接照明の下、緩いカーブを描くカウンターの中にバーテンダーが一人、ボトルの棚を背にして立っている。  まだ早い時間だと思っていたのに、カウンター席には先客がいた。黒いスーツ姿の若い男がストゥールに腰掛けてグラスを傾けているのが見える。  こういう場所で飲むにはいくらか若すぎる感じのする彼は二十歳そこそこか、暗めの照明でも、その美貌は際立っていた。

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