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ラブ・アット・ファースト・サイト ――貴方に一目惚れ 14
むせ返るようなムスクの香りにタバコの匂いが入り混じって鼻孔を突く。どちらもどこかで嗅いだことのある匂いだ。
助けてもらったとわかると「すいません、ありがとうございます」と反射的に礼を述べた建樹はそちらを振り返ってハッとした。
黒いジャケットに黒のシャツ、後ろに撫でつけた髪の色まで黒、全身黒ずくめという不思議な男の年齢は自分より少し年上、三十を越えたぐらいか。
この男だ、建樹は咄嗟に思った。さっき隣のテーブルで、たくさんの女をはべらせていた黒い服の男。
研ぎ澄まされた、という形容が似合う端正な容貌はアクション映画に主演した二枚目俳優と紹介されてもおかしくないほどである。
その鋭い目には彼と対峙する者を凍らせてしまうような冷たさと迫力があり、先程までジョークを飛ばしていた人物と同一には思えないほどだが、絶対に間違いない。
女たちとの戯れもお開きにして表に出てきてみると、目の前にいたスーツの男がぶざまな酔っ払いで、ふらふらして危なっかしいから仕方なく手を貸してやったといったところだろう。
みっともない姿を晒してしまったと恐縮した建樹はもう一度礼を言って、その場から立ち去ろうとした。
ところが、黒い服の男は建樹の身体を解放した腕とは反対の手で左手をつかむと、自分の方へ引っ張ろうとした。
「なっ、何か?」
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