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スコーピオン ――瞳で酔わせて 3

 音量を絞っているので、小声で会話をしているだけでも耳に入らないのだ。聞き覚えのある、このナンバーはたしか…… 「そう、たしか『TWILIGHT MOON』だったよな」  自分のものではない声に答えを導き出されて、恒星と同じことを考えていたとわかり、建樹はドキリとした。 「一九四九年のクール時代の幕開け後に発表されて、五十年代後半に公開された映画『花束より愛の言葉を』でも使われた、テナー・サックス演奏の第一人者、ジョニー・ゴールマンの代表曲……とまあ、俺の解説はいかがかな?」  こうやって手持ちのうんちくを披露し、女たちの歓心を買っているのだろう。口説きの常套手段だ。 「お見事です」  建樹がそう言って持ち上げると、ふふん、と恒星は自慢げに笑った。店内に流れるジャズは彼の好みで選曲されていると思われる。 「ジョニー・ゴールマンという男は滅茶苦茶なヤツだったらしいな。サックス奏者としては天才だが、酒と女に溺れて、麻薬に手を出した挙句に四十の若さで燃え尽きちまって。まあ、そういう人生の方が、らしくていいぜ」  ゴールマンの逸話なら建樹も知っている。舞台で居眠りをした、客に絡んで乱闘騒ぎを起こした、約束の時間を何度も破ったため、メンバーからはずされた云々と、相当破天荒な男だったようだ。

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