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スコーピオン ――瞳で酔わせて 4

「健康に気を使うミュージシャンなんて薄気味悪いし、ヤツらはハチャメチャぐらいで、ちょうどいい」  グラスの中身を一気に飲み干しては琥珀色の液体をなみなみと注ぎながら、恒星は言葉を続けた。 「俺もいっそ、ニューヨークでジャズの勉強をしてきますなんて言って、家を出ちまえば良かったかな。その方が絶対、今よりも面白い人生になるのは間違いないだろう」  浴びるように酒を飲み、派手な女遊びをしての放蕩三昧。  薄命の天才ミュージシャンに近い生活にも思えるが、それは満たされない気持ちの穴埋めでしかないとでも言いたいのか。 「ハーレムあたりでズドン! と殺られて御陀仏になっても、それはそれでかまいはしない。太く短く生きた、いい人生だったと、笑ってあの世へ行くだけだ」  どうしてそんな話を初対面の男の前で口にするのか。  金にものを言わせて、己の思うがままに生きているかに見える、そんな男が垣間見せた胸の内を、彼の抱えているものを聞き出してやればいいのだろうか。  だが、こういった場面で放つべき気のきいたセリフなんて持ち合わせてはいない。建樹は黙ったままコーヒーを飲み続けたが、こんな危なっかしい男にと思いながらも、次第に引き寄せられ、心が釘づけになっているのがわかった。  タバコに火をつけた恒星の手元から、紫煙がライトをめがけて立ち昇り、やがて溶けるように消える。

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