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スコーピオン ――瞳で酔わせて 7
タクシーを呼んだ恒星は運転手に行き先を告げると、後部座席にどかっと身体を埋め、バックミラーには映らぬよう気を配りながら隣に座った建樹の太股の上に手を置いた。
頬に血が上り、鼓動が激しい。こんな感覚を味わったのは何年ぶりか。大学を卒業して以来だとしたら三年近くになる。
卒業式の帰り道、その人は建樹に向かってこう告げた。
「真っ当な社会人として生きたいんだ」
彼の言葉が別れを示すものだと、即座に気づくと「わかった」とだけ答えた建樹は振り返らず、その場を立ち去った。それからはひたすら仕事に生きた。飢えも欲望も身体の奥に封じ込めて、この身に降りかかった苦難にも耐えた。
そんな彼に言い渡されたのは事実上のリストラ、酷い仕打ちだといつまでも恨むぐらいならば、自分を解放して何もかも忘れるほど夢中になればいい。これはその場限り、一晩だけの戯れなのだから。
タクシーが到着したのは駅の北口から程近い大型のシティホテルだった。
運転手に金を渡し、釣りはいらないからと言った恒星はまるでパーティー会場でパートナーをエスコートするように建樹をロビーへと案内し、フロントでのサインを素早く済ませるとエレベーターに向かった。
ホテルの最上階、七階のスゥイートルームのドアを開けた恒星は窓の向こうに目をやって弁解するように言った。
「どうせならマンハッタンの摩天楼を見せてやりたいところだが、このチンケな街の景色で我慢してくれ」
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