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ブラッド&サンド ――切なさが止まらない 2

「なぜですか?」  建樹は黙って自分の襟元の社章を示した。姫野建樹の名で社内のパソコンを検索すれば異動の情報はすぐにわかる。 「バレましたか。ええ、確信犯です」 「社内の人間でなければ重大なコンプライアンス違反だ」 「そうかな? 二階は貴方の噂で持ち切りみたいですよ」  さらりと流した一耶はそれから「食堂で待ってます」と言い、建樹の唇に軽くキスをして出て行った。  いきなり唇を奪うという行為に戸惑ったが、ぼんやりしている暇はない。廊下でさっきの女性が待っているのだ、慌ててロッカーを探すと鞄を投げ込んだ。  案内に従って階段を上がり二階のフロアに入る。何はともあれ、ここを取り仕切るセンター長の元へ挨拶に向かった。 「おはようございます、今日からお世話になります」 「おお、駅前支店のホープ登場か」  齢は五十前後、てらてらと光る顔にでっぷりとした体格の持ち主は愛想のいい顔を向けて建樹を歓迎した。  だが、そんな態度とは裏腹で、なかなかの食わせ者だという悪評を聞いたことがあるし、確かに裏表のある人物という印象を受ける。この男には決して弱みを見せてはいけないと建樹は密かに誓った。 「営業店の仕事はやりがいもあるが、なかなかハードだし、身体を壊すのも無理はない。とりあえずはここでの仕事をじっくりやってくれたまえ。なに、まだ若いんし、ゆくゆくはまた向こうへ戻る可能性もある。心配することはないよ」 「はい、ありがとうございます。御指導よろしくお願いします」

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