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ブラッド&サンド ――切なさが止まらない 5

「センターって、営業店に比べたら楽な仕事で、いつも暇なんじゃないかって思われてるかもしれないけど、これでもけっこう忙しいのよ。人員の補充をお願いしますって何度も申請したんだけど、なかなか人をまわしてくれないの。雛形さんがいなくなって、もう半年近く経つのに……」 「雛形さん?」  その名前を聞き咎めると、彼女はいくらか狼狽した様子を見せた。 「あ、あのね、前にここで働いていた人。営業店に何年かいて、そのあと異動になって」  どうやらマズイことを言ってしまったらしいが、おしゃべり好きな中年女性の例に漏れず黙っていられないようで、指を唇にあてながら声をひそめた。 「半年ぐらい前に自殺したのよ」  自分の前任者にそんな事件があったなんてまったく聞かされていなかった。それどころか、雛形という人物の存在すらも知らなかったのである。  雛形春菜(ひながた はるな)というその女性は大卒で採用され、将来を嘱望された存在だったようだが、自らのミスのせいで営業店からセンターへまわされ、ずっとそれを気に病んで鬱病になっていたところに恋人が別の女と婚約する事件が重なり、発作的に自殺したらしい。 「別の人と婚約なんて、ひどい話ですね」 「相手はお金持ちのお嬢さんで、逆玉ってやつかしら。ありがちな話よね」  確かに、安物のドラマのような内容であるが、そんなことが身近に起きているのかと思うと不思議な感じもする。

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