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スティンガー ――危険な香り 1
労働組合からの再三のお達しで、有給休暇の消化を命じられた建樹だが、他に行く宛もなく、結局はスポーツクラブに居た。
ここを訪れるのは今日で三度目だが、一耶抜きで来たのは初めてである。いつものように自動ドアをくぐり、グリーンのカーペットの上を進んでフロントの前に行き着く。
水色のポロシャツ姿の、スタッフと呼ばれる従業員が「いらっしゃいませ」と挨拶すると、彼女が頭を上げるのを見計らって会員証を提示した。
それから施設使用料金や館内での飲食物その他の販売を管理するバーコードつきの、腕時計型のロッカーキーを受け取った。
さて、ロッカールームへ行こうとしたその時、後ろの方から聞き覚えのある声がして建樹はそちらを振り向いたが、見知った顔など誰もいない。
空耳だったのかと、再び歩き始めて『GENTLEMEN』と書かれたドアを開けると、中はがらんとしていた。
二、三人の男が着替えをしているだけで、それもトレーニング終了後らしく、濡れた髪を拭いている者もいる。
これからプールに向かうのは自分だけのようだ。大勢の人の中に混ざるのが苦手な建樹はいくらかホッとした。
ロッカーの青い扉を開けて中にリュックを入れた彼はここに通うためにわざわざ買ったスイムウェアとキャップ、タオルを持って鍵を回した。
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