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スティンガー  ――危険な香り 8

 婚約者の会社の所有物件に口出しして、社長である父に進言するお節介を楽しんでいる、その程度の関わりだろう。 「この前話したよな。俺は惑星じゃない、自分で輝く星になってみせると」  こちらに向けられた恒星の目が妖しくも強い光を放った。 「太陽では水素というエネルギーが核反応を起こして燃えている。あのカモネギ女は俺にとって、鳶島建設という膨大なエネルギーを得る手段に過ぎない」 「愛情のない結婚をするつもりですか」 「愛情? ちゃんちゃらおかしいな」  蔑むように彼は答えた。  鳶島ルミは恒星が輝くための道具、加えてその身を飾る華麗な装飾品、といったところだろうか。  だが、本人はそんなふうに扱われているとは夢にも思っていない。婚約者はモテて当然の色男であり、彼がクラブの女たちと夜な夜な遊んでいるのは承知しているが、本命は自分なのだと疑いもせず、不誠実この上ないフィアンセをそこまで信じ込んでいるのが憐れでもあった。 「甘い言葉をかけて機嫌を取って、たまに抱いてやれば満足する単純な生き物だが……」  さんざんルミをコケにしていた恒星は突然、奇妙な話を始めた。 「駅の南口側の再開発計画を聞いたことはあるかい?」 「ええ、まあ」 「道路を挟んで、このビルの向こう側の」  場所を説明しながら、恒星は顎でしゃくる仕草をしてみせた。 「あそこらのごちゃごちゃした建物を区画整理して、どデカいビルをおっ建てる計画だがな。あんたが以前、一緒に飲んでいた相手の鷲津土建工業が入札で落としたってんで、オヤジもアニキもカリカリしているから、あの女も御機嫌が悪い。今は『君子危うきに近寄らず』というわけだ」

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