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デプス・ボム ――口説き文句 1

 三月も終わりが近づいてきた。いよいよ年度末の月末という、金融機関にとっては一年のうちで最大の山場を迎えるのだ。  企業も公的機関も、そして個人においても決算、一年間の締めくくりの月である。取引先への送金やら、大学の入学金等、いろんな種類の金が大きく動くというわけだ。  このフロアも朝から殺気立っている。受け付けた伝票をひとつ残らず、それもミスのないように素早く送らなくてはならない。  朝礼でセンター長の訓示を長々と聞かされたあと、建樹は所定の席に着いて仕事に取りかかった。  営業店が登録した未処理伝票の、現在のトータルを示す電光掲示板の文字、その数値がみるみるうちに膨れ上がって、見る者を圧迫する。早くやれと急かされているようで、心臓にはよろしくない。  人々は画面を見つめてキーボードを叩き、時折内線電話が鳴り響くだけで、大勢の人員がいるわりには不気味なほどに静かだった。  だが、それは昼までのことで、午後三時をまわると俄然、騒がしくなる。城銀本支店以外の金融機関に送金できる時限の締め切りが迫ってくるからだ。  駆け込みやゴリ押しで登録された伝票を大急ぎで処理、一分一秒の綱渡りが繰り広げられていたその時、一本の電話がかかってきた。ある営業店の担当者からで、登録ナンバーを告げる伝票を見てくれと言う。  送金済みの伝票も照会可能だ。画面に映し出された文字を見て、建樹はハッとした。  高井北支店と高井支店? 「支店名が……」 「先程あちらから連絡がありましたが、仕向け口が違いますよね」  顧客が伝票に書いた銀行名や支店名と、実際に送金した宛先の名前が違う仕向け相違は場合によってはその日のうちに指定口座への入金ができなくなる非常事態を招く。

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