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デプス・ボム ――口説き文句 3
「仕向け相違って言っても、初めて起きたことじゃないし、前に山口さんがやったときにはそれほどお咎めなかったんだから」
「姫野さんの人気に嫉妬してるんですよ、きっと。あのルックスであの性格じゃ、嫌われて当然なのにね」
若手女子行員が美形の男子行員を持ち上げる。ファンだと公言する彼女以外にも建樹に好感を持つ者は大勢いたが、あの人は高嶺の花、彼ほどの男に恋人がいないはずはないと決めてかかっているため、言い寄られる場面はなかった。
どちらにしても、そんな女性たちの反応がセンター長の妬みを煽っていると言い切れなくはない。かなりの女好きだと聞いている、モテる部下が羨ましくて仕方ないのだろう。
「でも、ミスはミスですから」
「またぁ、そんなに恐縮することないですよぉ。姫野さんはここで堂々としていればいいんですってば。メゲずに頑張ってください」
ここで頑張る、だと……?
その言葉に建樹は愕然とした。
そうだ、ここが一生働くかもしれない職場なのだ。この先もこの場所で、不愉快極まりない上司の元で、単調なこの仕事を続けていくべきだというのか。
いったい何のために城東銀行へ入行したのか、自分がやりたかったのはこんなことじゃなかったはずだ。
『城銀内でも、さぞかし期待される存在なんでしょうね』
鳶島将和の皮肉めいた言葉が耳に甦る。
違う、今の僕は期待される存在なんかじゃない。
心の奥底に沈めていた不満に再び火がつき、くすぶり始めた。事実上のリストラという、忘れかけていた言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡る。吐き気がしてきた。
心機一転なんて、とてもできそうにない。身も心も疲れ果てた建樹は退社後、いつぞやのように街をふらふらと彷徨い歩いた。このまま消えてなくなりたかった。
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