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デプス・ボム ――口説き文句 9

 このチャンスを逃したら、定年まであそこからは抜け出せないかもしれないし、転職したところで素晴らしい新天地が開けるという期待は薄い。  容赦のない言葉が建樹を追い込み、そんな焦りを生み出していた。 「鷲津土建の何を調べればいいんですか?」  すると、恒星はよく知られている、かなり問題のある組織の名前を挙げた。 「ヤツらがマネー・ロンダリングした金を鷲津に流しているという情報がある。もちろん偽名の口座開設か、架空の会社を設立するか、何らかの方法でやらかしているんだろう。城銀側も警戒してはいるだろうが、向こうの方が何枚もうわ手だ」  政府からの要請もあって、暴力団などの反社会勢力に対しては断固とした対応をとるといった内容の規定が強化されたばかりだ。  新規口座の開設や大口の送金についてのチェック体制は万全なはずと言いたいところだが、支店からはずされてしまった建樹には何とも言えない。  ともかく、鷲津土建に入る金の流れを追っていけば怪しい部分が洗い出せる。センターで使っているパソコンでの照会は充分可能だった。 「できればUSBにでも落として欲しいが、それが無理ならプリントアウトしたものでいい。取引のある社名がわかれば、そいつが何者かはこちらで調べる」  セキュリティーチェックは厳しいが、こっそり持ち出そうと思えばできないことはない。だが、バレたら終わり、場合によっては社会から糾弾、抹殺されるかもしれないのだ。  不正を行った他行の行員の記事が新聞紙面を賑わした事件を思い出し、躊躇する建樹がうつむくと、彼の肩をさらに強く抱いた恒星は「頼むぜ、姫」と甘い声を出した。 「あんたさえ協力してくれれば、俺は鳶島建設の社長という輝く星になれる。あんたは晴れて社長秘書だ。成功した暁には二人で、本物のマンハッタンの夜景を拝みながら飲もうぜ。なあ?」

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