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フォールン・エンジェル ――叶わぬ願い 1
翌日、仕事を終えて表に出ると、夕闇迫る街路に水銀灯が灯り始めていた。
グレイのスーツ、いつものバッグを提げた建樹はH駅までの道程をおぼつかない足取りで歩き、しばらく行って振り返っては、そびえ立つビル群を眺めた。
城銀の本丸──将和がそう呼んだあの場所で、何度もパソコンの前に座り、辺りを見回しては冷汗の滲んだ掌を見つめ、肩で息をついた。
USBメモリを持ち込もうとしてはためらい、コードを入力し、ワシヅの文字をタイプしようとして指を止めた──
そのメモリは今、バッグの底に眠ったままだ。これで良かったのだという安堵感と、明日はどうなるのかわからない不安定な気持ちが彼にバランスを失わせている。
僕はいったい、どうすればいい……
「姫野さんじゃないですか」
ふいの呼びかけに驚いてそちらを見ると、黒い車体の後部座席から見知った顔がのぞいている。鳶島将和の秘書、羽田だった。
「今お帰りですか」
「え、ええ」
どうして彼がこんな場所にいるのか?
黒い服を着た運転手と、助手席に座った、これまた黒いスーツの若い男を従えているが、将和の姿はない。
秘書は主君と別行動をとってはいけないという決まりはないが、どこか不自然な感じを受けた。
「せっかくですから送って行きましょう。乗ってください」
「い、いえ、それには及びません。ここから駅はすぐですし……」
羽田の申し出をやんわりと断ったつもりだが、相手は簡単には引き下がらなかった。
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