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フォールン・エンジェル ――叶わぬ願い 2
「そうおっしゃらずに、よろしかったらお宅までお送りしますよ」
羽田の言葉が終わらないうちに、助手席の男が車から降りてきて、建樹の前に立ちはだかった。身長が二メートル近くあるのではないかと思われる大男で体格も良く、屈強の若者という表現がぴったり合う。
仏頂面をしたその若者は有無を言わせない態度で建樹を後部席に押し込め、彼が助手席のドアを閉めると同時に、車は急発進した。
「……何の真似ですか?」
建樹は隣に座る羽田に、声を荒げて詰め寄った。
「ですから、お宅まで……」
「結構です、降ろしてください」
羽田はメガネの奥の瞳を冷たく光らせて、ふふんと笑った。品のいい知性派だった男の豹変を目のあたりにすると、建樹は背筋が寒くなった。
「いや、手荒なことをするつもりはありませんが、私共の話を聞いた上で、要求を飲んでいただきたいと思いましてね」
「要求?」
車はH駅とは反対方向の国道に出て、西に向かって走り始めた。
バッグの持ち手を強く握りしめ、建樹は座席に身を深く沈めた。いったいどこへ連れて行かれるのか、何が待ち受けているのかという不安と恐怖に支配されて、身体が小刻みに震える。
「なに、簡単な取引ですよ。貴方の鞄の中にあるものを渡してくれればいい、それだけのことです」
「鞄の中のもの?」
「しらばっくれるのはよしましょう。貴方は鷹岡さんに頼まれて、鷲津土建の情報をそこに入れた。そうじゃないんですか?」
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