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2.ウラアルファ〈1〉

「おい……」 「ん? なんだ?」 「お前……、んなところで何やってんだ」 「なにって……、のぞき?」 わらにも(すが)る想いで辺りを見回した後、絶望的な気持ちで覆い被さっている者の上へと視線を向けてみる。 するとそこには、なんとも楽しそうに笑みを浮かべながら、ことの一部始終を見守っている男がいる。 「慶史(けいし)……。お前いつからいた……」 今にも震え出しそうな拳を握りしめ、のんきに見物している者へと問いかける。 「そうだなあ。響ちゃんが押し倒されたあたりかな」 「ほぼ最初っからじゃねえか! テメ今まで隠れてやがったな!」 「いやあ、こんなところで変質者に襲われるなんてなかなかねえもんなあ。スゲエよ、響」 「感心してる場合か……! ああもう、いいからコイツをなんとかしろ!!」 「はいはい、そう怒んなって」 怒り心頭で浴びせ掛ければ、へらっと笑んだ慶史が件の男を眺め、とんとんと軽く背中を叩く。 「な、なんだテメエ……!」 水を差された男が振り返り、動揺を露わにしながらわめき立てるも、慶史といえばにこやかに微笑みながら襲撃者を眺めている。 「なんだって、それはこっちのセリフだよなあ」 相手の胸倉を掴んだかと思えば引き寄せ、能天気な物言いとは裏腹な拳をお見舞いすると、男は低くうめいた後にうなだれる。 「悪ぃな、ちょっと寝ててくれ」 一撃で気を失った輩に無用な慈悲をかけながら、慶史が男をさっさと脇へ転がす。 「はあ……、助かった」 天井を眺めて呟き、怒涛の展開に苛まれてすっかり気が抜け、暫くは手足を投げ出してぼんやりとする。 一体なんだったんだ、アイツは……。 「あ~らら、うまそうなかっこしちゃって」 ようやく起き上がったところで、気絶した不審者を眺めていたらしい慶史が戻り、しゃがみ込んで何やら楽しそうに笑っている。 「なんだよ」 「さあ、なんでしょう」 「なにニヤニヤしてんだよ、気持ち悪ぃ」 「そりゃニヤニヤもしちまうっていうか。もったいねえからもう少し黙ってようかな~」 意図が見えないまま首を傾げ、何となく視線の先へと顔を向ければ、はだけた胸元から微かに反応を示し始めていた乳房が覗き、先程までの行為を色濃く物語っている。 「うわ! テ、テメ見てんじゃねえ!!」 一瞬で頬は火を噴く程に染まり、繰り出された蹴りは微塵の容赦もなく慶史の腹部を捉え、がばっと勢いよく衣服を手繰り寄せて肌を隠す。 コイツ……、油断も隙もねえな……! 「……ってえ、容赦ねえなあ」 何事もなかったかのような帰り道、大したダメージを受けていないだろう腹部をさすりながら、慶史が視線を向けてくる。 「るせえ。……人のピンチを楽しそうに見やがって」 「そう怒んなってえ。タイミング見てちゃんと助けるつもりだったぜ?」 「すぐ助けろやテメエは! ……ったく、そうやってお前はいつもいつも……」 不満げにボソりと呟きながら考えるのは、つい先程までの有り得ない出来事。 あんな事に遭遇するのは初めてだと声を大にして言いたいところだけれど、残念ながらこれまでにも何度か体験していた。 喧嘩の回数が勝っていることが救いであるにしても、ごくたまにああいう輩が現れていた。 そしてその度に、タイミングが良いのか悪いのか助けの手を差し伸べてくれていた慶史。 確かに、髪だけに注目してみるならば結構伸びていて肩につきそうな黒髪ではあるけれど、それでも見れば男であると誰の目にも映るはずだった。 身長も173あるだけに、ますます襲われる意味が分からなくなっていく。 けれど、思う。 あの様な出来事に遭遇することから逃れられないのなら、せめて相手くらいは選ばせて欲しいと。 だからと言って誰を選択するのか問われれば、口を閉ざすしかないのだけれど。 「お? 急に静かになっちゃって」 「……」 「どうした? もしかしてその気になっちゃったってやつか~?」 「テメエはとりあえず、くたばれ」 「ははっ、ひでえ~」 毒づいたところで効果はなく、変わらぬ笑顔を浮かべては笑う慶史。 短い黒髪がよく似合い、身長は高く180近い。 高校生活も佳境へと入っていく中で、何かと一緒にいる時間は多かった。 マイペースで明るく何を考えているのか分からないけれど、隣にいて嫌になることはまずなかった。 「じゃ、また明日なっ」 沈み行く太陽により鮮やかに照らされる全て、その一部として溶け込みながら、歩いていた足はやがて家の前へと辿り着く。 わざわざ此処まで一緒にやって来ては、そこから改めて我が家を目指し歩いていくつもりらしい慶史。 「……バーカ」 ふざけている中へ含まれる、さりげない優しさが胸に染みる。 手を上げ去っていく後ろ姿を眺めながら、呟かれた一言には様々な想いが混ざり込んでいた。

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