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6.ウラアルファ〈1〉

見慣れた廊下を突き進み、屋上への階段を上り終えた先には一枚の扉。 そっとドアノブに手を添えて、ゆっくりと回していく。 キイィ… 意思に逆らうことなく開いていく扉、僅かに音を立てながら次第に広がっていく視界。 「慶史……?」 気持ちの良い風が吹き抜ける中、足を踏み入れて辺りの様子を窺いながら名前を呼ぶ。 「おい! 何処いんだ!」 何の応答もなかったので、二度目は少し大きな声で呼び掛ける。 そしてフェンスまで歩いていき、そこから一望出来る景色を瞳に映し込む。 「お、早かったじゃねーか」 向かう風を受けながら屋上からの景色を眺めていた時、ふいに後ろの方から声が聞こえ、その瞬間にはバッと振り向いていた。 「……なんだお前」 視線の先にて佇んでいたのは、見覚えのない男だった。 「薄情だよなあ、しかし。こっちから連絡いれるまでな~んも言ってこね~んだぜ?」 「なにもしかして、実はそんな仲良しでもねえの?」 状況を理解する暇もないままに、見知らぬ存在がポツりと増える。 「……なんなんだテメエら」 その場から身動きがとれず、とにかく自分が置かれている現状を把握しようとするが、あまりにも急な展開に思考はなかなかついていけない。 「慶史くん、かわいそ~」 「……慶史? おい! 慶史は何処だ!!」 告げられた名前は、一陣の風であるかのように、絡み合う思考をクリアなものにしていく。 言葉を聞くや否や怒りを露わにし、嫌な笑みを刻む2人に向け凄みをきかせる。 「慌てんなってえ。ちゃんとそこにいるぜ?」 視線を通わせ、2人はニヤニヤと不快な笑みを浮かべながら、貯水槽のほうへ瞳を向ける。 「……?」 その先に、存在していたものは。 「!!」 なんであるかを瞳が捉えた瞬間、ザワりと背筋は鳴き、目は驚きに見開かれていた。 「……慶史!!」 「っ……、響……?」 もう一人仲間がいたらしく、影から引き摺られるようにして出てきた慶史の姿は、あちらこちらに傷が目立っていた。 「なんで……、おい慶史! なにがあった!」 「……わり」 荒く紡がれる問い掛けに対して、痛々しい笑顔を向けてくる。 「……、お前らアァッ……」 何がなんだか分からなかったのが、正直なところだった。 けれど、目の前に傷付いた慶史がいる。 それだけで、十分だった。 「ハッ? なにキレてんの? 今まで連絡一つよこさなかったくせによ~」 「携帯持ってさあ、ずっと待ってたんだぜ~?」 そう言って、慶史の携帯をチラつかせる。 「返せ」 怒りが込み上げては消化されず募っていく中、躊躇いもなく2人のもとへ歩んでいっては、その手から携帯をもぎ取る。 「……なんなんだテメエら」 1人、また1人と視線を向けていきながら口にする。 「マジメに言ってんの? うっわ、覚えてねえとか有り得ねえ~」 どうやら気分を害したらしく、瞳は鋭くなり睨み付けてきた。 「知らねえもんは仕方ねえだろ」 けれどどう言われたところで知らないものは知らないんだから仕方がない。 じっくりと顔を見つめてみても、特別呼び覚まされるような記憶の断片すら浮かび上がってはこなかった。 そういやコイツら、制服が違うな。 代わりに気付いたこと、今更気付いたのかと呆れられそうな話ではあるが、そこまで見ている余裕がなかったのだから、ここで気付いただけでも良いほうだった。 「大体なあ、テメエら気に入らねんだよ。散々好き勝手やりやがって……!」 そこまで話を聞いて、どうやら以前にケンカの相手をした者達だということが、何となく伝わってくる。 「……だから、こんなことしたってわけか?」 「当然だろ?」 喧嘩は確かに、よくやっていることだった。 だから、誰かの恨みを買って報復を受けるかもしれないなんてことも、考えに入れていなかったわけではない。 だけど、何もむやみやたらにケンカしているわけじゃない。 殆どが、売られたケンカを買うという展開。 それでこんなことをされて、好き勝手やっているなんて言われて、ますます頭に血が昇っていく。 「テメエらいっぺん死んでこい……!」 言い終わるのが早いか、拳が勢い良く弾き出されていく。 「い~のかよ? そんなことして」 しかし、意味ありげなその言葉に聞いて、顔面寸前で拳を止めてしまう。 「どういう意味だ」 「大事なアレが、もっと痛い目みるだけだっつってんの」 「っ……」 ここでむやみに手を出せば、逆上したコイツらが何をしでかすか分からない。 それに慶史を楯にされては、その場の勢いに任せて喧嘩をするわけにはいかなかった。 ここはぐっと堪え、顔面を捉えるはずだった拳を静かにおろす。

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