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9.ウラアルファ〈1〉
「いてっ! も、触んなっ……いてえんだよっ」
「そんな可愛い顔して泣くなよ~」
「あ? テメふざけてっけどなあ、何したか分かってんのか?」
「あーはいはい、ゴメンねゴメンね響ちゃーん。もうそのことはさっきから散々聞いてっから」
批土岐に大荷物を任せたこともすっかり忘れて、いつもの公園へとやってきていた。
向かう途中に買った、消毒薬類と一緒に。
ベンチに腰掛け傷の手当をされながら、時折痛みが含まれた声を漏らす。
「つっ……、アイツら手加減抜きでやりやがって……」
口元にそっと手を当てて、ピリッとした痛みにたまらず顔を歪める。
その様子を隣で見ていた慶史は、すっと手を差し伸べてくる。
「いて! だからもういいって言ってっ……」
最後まで紡がれるはずだったその言葉は、思いもかけないものによって遮られてしまった。
「んっ……」
差し伸べられた手は顎へと添えられて、引き寄せ重ねられる唇。
それは触れるだけのもので、すぐにも離れていった。
「……」
目を丸くして、暫くは固まっているしかない。
「悪い。あんな目に遭わせちまって……」
「慶史……」
見つめる慶史の顔は酷く辛そうで、いたたまれない気持ちにさせる。
「別にお前が謝ることじゃねえよ」
こんな時どうしたらいいのか。
気の効いた言葉一つすらかけられないでいる自分。
そんな自分に腹を立てつつも悩みに悩んだ末、ある行動に移す。
「……!? ひ、びき……?」
次いで紡がれた言葉は、驚きに満ちていた。
突然唇が触れてくれば、その反応も当然と言える。
「あ……」
当の本人は無意識の内にやってしまったことだったのか、したことに気付いた瞬間、火を吹くように顔が赤くなった。
「なんだろなあ今の、どう受け取ればいい?」
さっきまでの神妙な表情は何処へやら、いつもと変わらぬ笑顔を浮かべ、ずずいと押し迫ってくる。
「知るか……! 帰るからな。て、うわ!」
立ち上がろうとした瞬間に背後から抱きつかれてしまい、またベンチへと逆戻りしてしまう。
「……なにすんだお前は。いてっ、やめろっつの! 離せっていい加減……!」
傷の痛みには勝てず、語尾が段々と弱々しいものに変わっていく。
肩に手を回して自分のほうへと引き寄せている慶史の顔は、普段の倍は幸せそうだった。
「幸せになろうなあ、響~っ!」
「あァ? とうとう湧いたかテメエの頭」
お互いに不器用過ぎるけれど。
こんな日も、ありじゃないかと思う。
「だからいい加減離れろ……」
「それはできねえなあ~」
《END》
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