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1.ウラアルファ〈5〉
「見っけ」
ジャリ、と音をさせながら階段を上っていた途中、端っこで膝を抱えている姿を見つけた。
内心でホッと胸を撫で下ろしつつ、そっと顔を上げて視線を向けてきた響にニコりと笑いかけた。
すっかり夜も更けて眼下に広がるのは、この闇を跳ね飛ばす位の活気ある声に、賑やかな雰囲気。
様々な出店が立ち並び、そこには家族連れや友達、恋人達が皆楽しそうに笑顔を作る。
今日は、祭。
「わり、はぐれちゃったな」
長い石段の中腹で、何も言わずにただじっとしている響。
視線を上に向ければ、遥か彼方にぼんやりと鳥居の姿を確認出来る。
「なになに? 寂しかったかな響ちゃん」
下界とは全くかけ離れ、そこを取り巻くのは闇夜とうっすら射し込む月の光だけ。
奥に佇む社も少しだけ見ることが出来て、そこから真上へと瞳を向けた。
変わらず流れていく雲の中で、月は隠れることもなくその輝きを十分に発揮している。
太陽のお陰でこんな光ってるとか信じらんねえな、なんて思いながらもその綺麗さに自然と笑みが零れる。
「響、すっげえ月綺麗だぜ?」
話し掛けて返事がないのは、別に今に始まったことじゃねえし気にもならない。
何も言わないからって、聞いてないってことにはならねえだろ?
言葉が全て、俺はそうは思わない。
「よ、と。しっかしスゲェ人の数だよなー」
未だに何も言ってこない響の隣に腰を下ろし、盛り上がる景色から一線を引いたこの場所で、一人言葉を続けた。
「まさかはぐれるとは思ってなかったなー。あれだけ人が多いと大変だよなー」
めんどくせえぜってえ行かねえ、なんて言う響を半ば無理矢理連れてきたものの、想像以上の人混みに油断している間にあっという間に流された。
まあ俺が、あちこちの店に気を取られていたのが悪いんだけどな。
「怒った?」
気付いた時には、もう何処にも響の姿がなくて。
あちこちに視線を向けて探し歩いてみたものの、あの人の多さじゃはかどるわけもなく。
横道に逸れて携帯に電話を掛けてみたものの、流石相手が響なだけあって出やしねえ。
分かっていたけど出なかったのか、出られなかったのか、気付いていなかっただけなのか。
どれも当てはまるだけに、ホントはどうだったかなんて本人しか知るはずもなく。
「……別に」
基本的に消音にしているような奴だから、たまにしか音が出ない響の携帯。
すぐ隣で、ぼんやりと足下を眺めながらここで初めて口を開いた響。
「そうかそうか寂しかったか~。悪かったな~、1人ぼっちにして」
「るせえ、死ねバーカ」
髪をワシャワシャと混ぜるように頭を撫でながら、そっぽを向く響の顔を覗き込む。
素直じゃねえ、じゃなくて。
そう簡単に、素直になれる奴じゃねえから。
「よしよしよしよし、もう怖くないぜ響ちゃーん」
「!! テメッ、寄んな!」
ガッ、と遠慮なく肩に腕をまわして自分のほうへと引き寄せてみる。
当然離れようと暴れる響を捕まえたまま、それはもうめっちゃくちゃに頭を撫でまくって。
「ふっざけんじゃねえテメエー……」
どうにも出来ないと分かってすぐに大人しくなった響だったけれど、その唇からドスのきいた声が今日も零される。
ムスッとしながらそっぽを向いて、胸に背中を預けながら腕組みをし悪態をつく。
「悪い」
俯き加減の表情を見つめながら、ポツりと謝る。
ああいう人混み、苦手だもんなお前。
1人を好み、独りを嫌う。
街中の人混みと、祭の人混みは全く違う。
そんな幸せで楽しい雰囲気に、孤独で放り出されるのは辛い。
独りだということを、実感するから。
「んだよ、急に……」
珍しく真面目な口調になった俺に、目に見えて動揺する響が遠慮がちに視線を向けてくる。
上目遣いとかすんなって、困る。
「ん? いいからいいから。ごめんな」
「っ……ち、テメ調子狂うんだよ……」
俯く響に、ハハッと笑いかけながら。
「さーてと、もっかい行くか!」
まだ何も食ってなかったことに気付いた俺は、その場に勢い良く立ち上がる。
「なに食うか。……ん?」
そのまま歩き出そうと一段下に踏み出したところで、不意に何かに引っ張られた。
「……響?」
見れば、掴まれていた腕。
スルッとすぐに離されたものの、無言でその場にゆっくりと立ち上がった響は相変わらず視線を合わせず俯き加減で。
「どした?」
向き合うことを許さず、服をギュッと強く掴む響の手の温もりが背中に伝わってくる。
一体なにがどうしたのか、声を掛けてみるけど返答はナシ。
「……くらいなら」
その内に、ボソボソと聞こえてきた言葉。
耳を澄ましながら、躊躇いつつも言葉を続ける響の一言一句を逃さないように集中する。
「……謝るくらいならっ……、ひとりに……すんじゃねえ……」
そして聞き取った端から硬直。
「……勝手に、……っいなくなんじゃねえよ……」
ポスッ、と背に額を当ててきた響に、不覚にも俺の脈がオカシクなっていくのが分かる。
弱いとこなんて見せねえ奴だけど。
いつでも強いわけじゃねえから。
「了解」
言うか言わないか迷いつつ、すげえ勇気振り絞って言った言葉だろうから。
そのたまに見せてくれる弱いところ、誰がからかってブチ壊すかっつうの。
「腹減ったー! なんか食いてえ!」
「うっせえな、知るかよ」
すぐにスッと身を離したことを合図に、またいつもの調子で振る舞い始めれば、響もそれに応じて憎まれ口を叩いてくる。
「手ェ繋ぐか?」
「あァ? ふざけんじゃねえボケ」
「階段降りれんのか~?」
「うっせ。黙れボケ」
「照れんなって~、俺が下まで引っ張ってってやんのにー」
「るせえ……!」
意地張ってスタスタと早足で下へと向かう響の後を追いながら、足下すげえ確認しながら階段降りてんのがバレバレで。
込み上げてくるこの気持ち、正直半端じゃねえ。
「ほれ」
「!? ちょっ、テメ離せって! ブッ殺すぞ!」
「ハイハイハイ、じゃあ行こうなあ~」
奪うように手を握り、全力で拒否する響を強引に連れ歩く。
離す気なんてねえよ。
いつでも、甘えに来いって。
「テメエわざとか! はえーんだよボケ!!」
「ははっ! 怖いからゆっくり歩いて欲しいって?」
「誰も言ってねえよそんなこと!!」
《END》
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