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3.ウラアルファ〈6〉

「相手チームの応援も、いつの間にか随分集まったね」 誰宛てでもない言い訳を並べ立てていれば、そっとまた批土岐に声を掛けられる。 そして言葉を聞き終えてから、批土岐のずっと向こうへと焦点を合わし、予想以上の現実に少々戸惑いを覚えた。 「……すげえな」 「うん、そうだね」 校舎からグラウンドへ続く階段、それを境に両チームの応援者たちが、互いに混ざり合うことなく綺麗に分かれている。 そして心なしか敵対し、あちらこちらで火花を散らし合っている様に思う。 そこまで熱くなることか、と呆れてしまいたいところだが、今日は単なる練習試合とは違うらしい。 因縁のライバルである高校との、負けられない練習試合と言う話だ。 部活はサッカーで、部員たちの表情は皆真剣そのものだった。 「お、いよいよやるみてーだぜ」 「よし峰くん、俺らもいっちょ掛け声の一つでもっ!」 「しねえっつのバーカ」 「なにをー! もちょっと迷えよ峰くんよー!」 聞けば両チーム一歩も譲らず、これまでずっと勝っては負けてを繰り返しながら、絶妙なバランスを保っていた。 しかしそれが最近になって狂い出し、 ここ二戦はまさかの敗北が続いている。 それだけに負けられない一戦、だがおかしいことが一つある。 「榊は、サッカー得意なの?」 慶史がサッカー部の練習試合に、加わっていること。 「……アイツは、大抵なんでも出来るから……」 「そう。羨ましいね」 「お前だって十分なんでも出来んじゃねえか……」 「ん? そんな事はないよ」 批土岐の問い掛けに答えながら、グラウンドへ向かって行く慶史の背中を見つめる。 負けられない試合、緊張感が漂う選手達に混ざり、部員でもない慶史が加わっている。 それは一人の部員に、託されていたからだった。 「あそこに座っている彼の代わりに、今日は出てるんだね」 グラウンド脇に設けられたベンチ、補欠選手たちがズラリと腰を下ろしていた中で、足に包帯を巻いた者が瞳に映り込む。 「……ああ」 今日の試合に向けて、練習に励んでいた三年のエースが、足を負傷してしまった。 出来ることならばフィールドに立ち、仲間と一緒に戦いたかっただろう。 叶わぬ願い、だからこそ自分の代わりにチームを引っ張っていける者へ、想いの全てを託した。 部内の補欠選手でもなく、同じクラスであった慶史へ。 「でもどうして、榊だったんだろうね」 「……クラスが一緒だから、体育での慶史をよく知ってる」 「そう。彼等よりも、榊の方が上手かったんだね」 ベンチに腰掛けていた部員を見てから、批土岐が穏やかに言葉を紡ぐ。 そこまではっきりと言われて返答に少し困ったが、その点も事実であることは確かだった。 批土岐は結構、優しそうに見えて容赦がない。 優しいのは本当だと思うが、余りにもはっきりと言ってしまうものだから、そのギャップになんだか笑みが零れそうになる。 「それにアイツは……」 言葉を続けようとして、一瞬踏みとどまる。 「ん?」 話の途中で唇を閉ざしてしまい、グラウンドへ向けていた批土岐の視線が、ゆっくりと此方に注がれる。 不自然な間、何かを言いかけたことは明白で、話を続けるべきか思い悩む。 批土岐に対すると、どうも喋り過ぎてしまう傾向にあるらしい。 それ程までに、隙あらば心の奥へ秘めようとする気持ちを、批土岐は容易く引き出してしまう。

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