33 / 45

4.ウラアルファ〈6〉

「泣いて頼んできた奴を……、突っ返すなんてこと、しねえから……」 慶史にその話をしてきた時、俺も場に居合わせていた。 努めて明るく、今日の練習試合に出て欲しいと、軽い調子で話を進めていた様に思う。 けれど時が経つにつれ、話をしながら様々な出来事を思い出してしまったのだろう。 今日の試合に向け、日々の辛い練習をこなし、部員一同で分かち合いながらここまで来たというのに、間近にきて突然断たれてしまった。 仕方が無いこととは言え、悔やんでも悔やみきれなかっただろう。 たかが練習試合かもしれない。 しかし彼等にとっては、その一つ一つが大事な一戦。 「そうだね。頼りたくなる気持ちも、分かるかな」 「……ああ。アイツは誰にでも……」 ――優しいからな。 言葉を続けようとして、ハッと我に返る。 何か今、とても嫌な感情を含めながら、最後の言葉を紡ごうとした。 ……ったく、何処まで女々しいんだよ……。 あん時からホント、進歩がねえな……。 「うん。榊は誰にでも、優しいからね」 「あ……」 ぐるぐると葛藤が姿を現し始め、自分に対する嫌悪を深めていた。 そんな時に、批土岐から紡がれた言葉を耳に入れ、間の抜けた声が滑り落ちてしまう。 寸前で胸の奥へ押し込んだ言葉、けれど批土岐には分かっていたらしい。 「でもそれ以上に高久が優しいから、榊はああやって今、あそこに立ってるんだと思うよ」 「え……?」 思いもしない事を言われ、戸惑いの表情を浮かべる。 俺が……、優しい? なんかの間違いだろ、そんなわけねえよ……。 「試合に出るか出ないか。榊はきっと、自分一人の判断では決めなかっただろうね」 「……」 「当たり、かな……?」 何も言えずにいる俺へ、批土岐は少し悪戯な笑みを浮かべる。 でも言われてみれば、確かにそうだ。 俺でいいなら出てやりたいって顔してやがったくせに、返事を下す前にアイツは一度、こっちを見た。 答えを、委ねるかの様に。 「本当、分かりやすいんだね」 「なっ……、なにがだ……」 くすりと笑われても、何故そうなったのかが分からない。 けれどなんだか居心地が悪く、鼓動が不規則に乱れ打つ中、努めて冷静に聞き返す。 「高久が出るなって言ったら、きっと榊は出なかったよね」 「……なんでだ?」 「榊は確かに優しいと思うよ。でも、高久が絡んだらきっと榊は……」 「アイツが、なんだ……?」 先が気になって仕方無いのに、途中で言葉を切った批土岐は、此方を見つめながらただ微笑む。 コイツ……、なんか楽しんでねえか……? 「この先は、自分で考えてみて。高久の為になるし、じっくり考えてもらえる榊は嬉しいだろうし。ね?」 「んな事言われても……」 ここまで引っ張っておいて、後は自分で考えろと切り捨てられる。 んな事言われたって、俺に分かるわけねえだろ……。 慶史は誰にでも優しい、でも俺が絡むと、……どうなるって言うんだ……。 どうもなんねえんじゃねえのか? なりようがねえだろ? 俺が優しいから、アイツはフィールドに立っている。 俺が優しくなければ、アイツはフィールドに立っていない……? 最後に此方へ視線を合わせてから、とるべき行動を決めた。 ああクソッ……、考えれば考える程、答えから遠ざかっていく気がする……。 今の俺にはまだ、近付く事さえ出来ない答えだと思った。 「おーし! 配置についたぜ! いよいよ始まるなあ! あ、ちなみに榊 慶史くんはあそこね」 「……峰木」 「おーっし、くたばれ成山」 「いでででで!! ちょっ、なんなんすかその結束! や、つうか締まってるっていってえいってえ!! すんませーん!!」 いよいよキックオフ、相手チームが蹴るボールを上手く我が物にし、得点へと繋いでいきたいところだろう。 張り詰める空気、互いに視線を送り合ってから、選手全員が一点へと集中を高めていく。 先程余計なことを口走った成山も、峰木のお陰で静かになったようで、この場の視線もこれから始まる試合へと注がれる。 「……負けんじゃねえぞ」 唇を操り、そっと風に流した言葉。 お前だけに、届いていたらいい。

ともだちにシェアしよう!