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6.ウラアルファ〈6〉

「おお! いった!!」 「あんなとっからよく飛ばせんなぁっ! いけっか!?」 読み通りに力強くボールを蹴って、得点を狙い勝負に出た。 阻止しようと飛び上がる敵、けれど僅かに高さが足りない。 綺麗に弧を描きながら、狙う箇所へボールが吸い込まれていく。 「……?」 誰もが確信する軌道、けれど慶史の表情が一瞬、悔しそうに歪められた。 「あぁっ! ゴールポストに直撃!!」 「おっしぃなあオイッ! ぜってえいけっと思ったんだけどなぁっ!」 確実に捉えていたゴール、けれど微かなズレが生じてしまい、得点を上げるには至らなかった。 残念そうに肩を落とす成山、次いで峰木が悔しそうに言葉を漏らす。 軽く手を上げ、笑みを浮かべながら悪いと伝える慶史へ、仲間達が各々に励ましの気持ちを投げ掛ける。 「なかなか難しいね」 「……ああ」 額の汗を拭ってから、自陣に向かい走り出す。 黒髪が風に揺れ、注ぐ太陽の下で駆けながら、見る者を惹きつけていく。 ずっと、ずっと長い間、見てきた姿。 「でも榊ならきっと、何かやってくれるだろうね」 両者一歩も引かず、どちらが勝つか全く予想出来ない。 競り合いながらボールを求め、真剣に一戦へ取り組んでいる姿を見て、きっと慶史ならどんな状況でも覆せると、そう信じて疑わない。 それは批土岐も同じだったらしく、紡いできた言葉を聞いてから、小さく頷いてみせた。 そこに居るのがお前だから、きっと、いや絶対に、この勝負を良い方向へ導いていける。 この俺がそう思ってやってんだから、いい活躍しねえと許さねえぞ。 「うおおっ! あっ、危ね~! 今の弾けなかったら入ってたし! なんだチクショウ脅かしやがって!!」 「うちのキーパーが成山じゃなくて良かったよなあ。じゃなきゃゴールに蹴られる度得点だぜ」 「ちょ、おいおい峰くん!? それって俺のこと!?」 「オメェしかいねえだろ。まあまずサッカーなんて似合わねえけどなぁお前なんか! はっはっは!」 「なんだとコノヤローッ! 俺の華麗なテクを知らないなんて峰くんてば不幸!! つかまず峰くんに言われたくねえ!!」 「ぁんだとコラッ~!」 僅かな隙を突かれ、今度は此方のゴールが狙われてしまう。 けれど瞬時に判断したキーパーが飛び、的確に軌道を読んだお陰で、危機的状況から脱する事が出来た。 一瞬でも気を緩めれば、取り返しのつかない事態を招く。 勝負はまだまだ、これからだ。 「前半は点無しで終わりそうっすね」 「あ? て、もうそんな時間か!?」 「そっすよ。ほら」 「おおっ……、もうそんな経ってたのかよ」 北見の腕時計を覗き込み、想像以上の時が経っていたことに、峰木が驚きの声を上げる。 前半の終わりが近い、互いに得点へ結び付けられないまま、時だけが刻々と先を歩いていく。 「しっかしホント、アイツってさー」 「憎らしい位かっけえよね」 そんな中で、試合の行方を見守っていた峰木が、再び成山と会話を始める。 話の中心に浮かんだ者、誰の事だとわざわざ聞く必要も無い。 「周りの反応聞いててもさ、大体が慶史の格好良さに釘付けだもんなぁ」 「他の奴等も頑張ってんだけどなぁ、見事に全部アイツに持ってかれてるよなぁ」 何処へ行っても、慶史の周りには人で溢れる。 嫌と言う位、その光景を見てきた。 そして映り込む現実に晒される度、側に自分の様な者が居ていいのかと、自問自答を繰り返す。 俺の存在は重くないかと、問い掛けてしまいそうになる。 けれどそう紡いだところで、どの様な答えを期待する? はっきりと言われてしまえば、それで全てが終わってしまうのに。 「京灯(けいひ)」 無限に続く葛藤へ呑み込まれていた頃、柔らかだけれど凛とした強い呼び掛けに、成山がぴたりと話を止める。 「あっ……、えっと、そ、それでも慶史には響ちゃんしか見えてねえから! よゆーよゆー! なっ、峰くん!?」 「お、俺に振んのかよ! あ、ああ……、まあ、そういうこった」 「二人とも、黙ってた方が良かったんじゃないすか……」 するべき話ではないと思ったのか、あたふたと慌てながら懸命に、弁解しようと言葉を滑らせていく。 ぎこちない二人の会話、此方に気を遣っての行動。 別に気にする必要なんかねえのに、そんな事とっくに、分かってんだから……。 自嘲気味に呟く心、けれど向けられる気遣いが嬉しくて、笑みを零してしまいそうになる。

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