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8.ウラアルファ〈6〉
「あっ! 動き出したっつーか!」
「奴等全部かわす気かァッ!? オメーもうサッカー部に入れ!!」
答えに行き着いたのか、慶史の動きにキレが戻る。
道が無いなら拓けばいい、変わらずの力強さで地を蹴り、一人、また一人とかわしていく。
その頼もしい姿に、どれだけの者が見惚れ、安堵することだろう。
ずっとそうだったから、気持ちはよく分かる。
そしていつしか心まで奪われて、今という現実がある。
時が経って、こうして慶史のサッカーを眺めているなんて、とても不思議な未来だ。
これもあの時、偶然の出来事が起こったからこそ、この瞬間を肌で感じていることが出来る。
ずっとお前が居てくれたから、……今の俺がある。
「やっべコケた……!」
その時だった。
焦りを含む成山の言葉に、ハッとして前を見つめる。
「……今、どうしたんだ……?」
物思いに耽っていた為、その瞬間を見逃していた。
「途中まで上手くかわせてたんだけど、最後の相手との競り合いで、足が引っ掛かってしまったみたいだね」
試合が一時中断し、慶史の元に審判が駆け寄る。
批土岐の言葉で状況を理解することができ、鼓動がトクトクと速まる中で、多少ふらつきながらも慶史が立ち上がる。
転ばせた相手が何やら声を掛け、気にするなとでも言う様に笑う。
そんなヘラヘラしてる場合じゃねえだろがっ……、ちゃんと膝見えてんのか?
血ィ出てんじゃねえかよっ……。
「どうやら、このまま続けるみたいだね」
「テンション上がってる内に、勝ちに行きてえんだろうなぁ。んー、まあ慶史らしいっちゃらしいけど……、手当て位さしてやっても……」
滴る血を手で拭い、再度問い掛ける審判に、笑顔で問題は無いと告げる。
そして相手を厳重注意とし、このまま試合を再開するらしい。
批土岐と成山の会話を耳に入れながら、俺の中に浮かぶ気持ちもまた、二人と同じものだった。
手当てすんのにそんな大した時間かかんねえだろうがッ……、もう少しテメエのこと大事にしやがれっ……。
「男っすねぇ。先輩だったら、ああなった時どうしますか?」
「あぁ? んなもん決まってんだろが。この俺を転ばせた相手をまず、ブチのめす……!!」
「相変わらず、一発退場っすね」
程なくして、試合が再び開始される。
味方がパスで繋ぎながら、少しずつゴールを目指していく。
仲間が懸命に頑張る姿を見て、自分もそこへ加わろうと足を踏み出す。
「……?」
徐々にゴールへ向け上がってくる味方、先回りすべく駆け出した慶史だったが、一瞬動きが鈍った様に思える。
けれど、周りは特になんの反応も示していない。
気のせいか……?
「時間無くなってきたなぁ~……、このままじゃ延長いっちまうぜ」
「だいじょぶだってぇ! こんだけ時間ありゃ決めれる!」
後半の終わりが迫る中で、峰木と成山が言葉を交わす。
そこでも慶史の動きについて、一切触れられることはなかった。
やっぱり俺の見間違いか……、まあほんの一瞬だったしな。
「苦戦してるけど、それでも少しずつ近付いてるね」
批土岐の言葉通り、だいぶ苦戦を強いられてはいるが、上手くパスを回しながら徐々に上がってきている。
ゴールから少し距離を置き、足を止めた慶史が仲間の勇姿を見つめる。
そして移動しようと踏み出し、微かにまた動きが鈍った。
「……おかしいな」
見間違いでもなんでもない、批土岐の反応がそれを証明している。
「慶史……」
腰に手を当て、トントンと爪先で地を叩く。
傷口からは血が滲み、痛々しく膝を飾り立てている。
仲間がやって来る姿を見つめながら、そこには確かに、痛みを耐える感情が含まれていた。
その変化に遅れて批土岐が気付いたけれど、周りは未だ察していないようだった。
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