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9.ウラアルファ〈6〉

「転んだ時に足首でも捻ったのかな。ほんの少し、引き摺ってるね」 「……あのバカっ」 相当の痛みが、慶史に襲い掛かっている。 ほんの少し表へ現れてしまう程に、今の慶史は辛い状況にあるのだ。 それでも決して、痛みに屈しようとしない。 しっかりと前を見据えながら、直にボールを運んで来るであろう仲間を待っている。 そこまで頑張らねばいけない理由など、何処にも無いはずなのに。 「おおっ!! 抜けた抜けたぜ峰くん!!」 「いいねえ! 乗ってきたんじゃねえの!?」 行く末を見守る場、慶史が痛みに耐えながらも懸命に、足掻こうとするワケ。 「よーっし! そこですかさずパスだぜーっ!!」 涙を零しながら、想いを託されたから。 だからどれだけその身に足を引っ張られようが、全力で受け取った想いに応えていく。 昔から、そういう奴だった。 そしてこれからも、変わらずそのままで居て欲しいと願ってやまない。 「……行けっ」 そんなお前のことが……、俺はずっと……、好きだからっ……。 決して口には、出せないけれど。 「取った~!! そのまま突っ切れ~!!」 「オルアァッ!! 邪魔しやがったらブチ殺すッ!!」 「この距離から脅してどうすんすか」 一歩足を出して、微かに眉を寄せた慶史だったが、次には勢い良く走り出していた。 必死に奪い取ったボールを、慶史に繋ぐべく佐伯が駆ける。 どれだけの痛みが、慶史の身を襲ってるか想像もつかない。 辛さなど一切感じさせず、力強く地を蹴る慶史の瞳はやがて、宙を舞うボールを捉えた。 「やばいっすね。もうあんま時間が無い」 「マジかよ! 後どん位だ!?」 「5分、あるか無いかっ……」 時の終わりが、刻々と迫っている。 ボールを受け取った慶史が走り、ゴールとの差を一気に詰めていく。 足を伝う血にも構わず、地を踏む度に襲い来る痛みにも構わず、全ての想いを背負って慶史は駆ける。 誰もついて行くことが出来ず、仲間は足を止めて見守り、相手チームはキーパーの活躍を願う。 「うん。この試合は……、貰ったね」 もう誰にも、慶史を止めることなど出来ない。 風を味方にボールを蹴っていく姿に、批土岐がにこりと微笑みながら言葉を漏らす。 そう、この試合はもうすでに、決している。 「おっと~! 一騎討ちだぜ!! ああぁこれで決まっちまう……!」 「どっち行く気だ榊の野郎……!」 ゴールキーパーと視線を合わせ、徐々にその差を狭めていく。 瞳は真っ直ぐにキーパーを捉え、他の何処も見ようとしない。 「後2分っ! やべぇ、俺まで緊張してきたっ……」 胸を締めつける緊張、けれどアイツはそれ以上に、プレッシャーを感じながら戦っている。 でもお前は、そんなものには負けない。 何故そう言い切れるか、そんなの決まってんだろ。 「行っけ~!! ブチ込めえぇっ!!」 側でずっと、見てきたからだ。 「あっ……!!」 最後まで視線を逸らすことなく、慶史の足から勢い良くボールが放たれる。 綺麗に弧を描きながら、完璧な軌道を進んでいく。 すかさず横に飛ぶキーパー、伸ばされた手がボールへ追い縋る。 けれど触れる事すら叶わず、部員の想い全てが込められたボールは、ゴールネットを直撃した。 「おっしゃアァッ!!! 見たかこのヤルアァッ!!!」 劇的なゴール、直後に試合終了のホイッスルが辺りへ響き、峰木と成山が肩を抱き合いながら吼える。 「終わった……」 一番良い形で緊張感から解き放たれ、気の抜けた声が滑り落ちていく。 あの状況で決めちまうんだから、ホント……ムカつく野郎だ。

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