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11.ウラアルファ〈6〉
「よっ。待たせてわりーな」
先程までの活気が嘘の様に、何処もかしこも静けさが漂っていた。
空はいつしか夕闇色に染まり、少しずつ夜を呼び込んでいく。
昼間の賑やかさが、なんだかとても昔の事の様に思えた。
「……おせぇんだよ、アホ」
肩から鞄を下げ、片足を少し引き摺る様にして、慶史が姿を現す。
やっぱり痛むのか……、真っ先にその心配を口に出したいのに、素直になれない気持ちが阻む。
大丈夫か、痛むのか、辛いか、持ってやろうか、掛けてあげたい言葉はとめどなく溢れるのに、頑固な唇はそれをなかなか紡ごうとしない。
馬鹿野郎……、こんな時位……もう少し素直になれよっ……。
「ははっ、わりーわりー! んじゃとっとと帰っか!」
お決まりの無愛想を前にしても、慶史は不快感を示すこともなく、下駄箱から取り出した靴を落とす。
そしてすぐにも履こうと一歩、足を踏み出した。
「つっ……!」
「慶史!?」
つい普段の調子で足を踏み出したが為に、痛みで足元がふらついてしまい、前へと倒れ込んでしまう。
頭で考えてる暇など、一瞬たりとも無かった。
「……わりぃっ、響……」
倒れ掛けた身体を受け止め、薄い闇に包まれ出した昇降口で、二人抱き合う。
耳元で囁かれた謝罪、それには何も答えなかった。
「……慶史」
真っ先に言ってあげなければならない言葉が、ずっと喉の奥に残っている。
見事に勝利を手にし、想いを託した者が涙を浮かべながら、慶史に声を掛けた。
周りもそれに同調し、和やかな雰囲気に包まれながら、互いの頑張りを褒め合った。
「ん?」
か細くも紡いだ名前に、慶史が優しく声を漏らす。
するりと腕が、背中へ回された。
「っ……」
穏やかに過ぎていく時、なかなか言い出せず思考は混乱するばかり。
せめてそんくらいは……、言い切れる様になりやがれっ……。
「慶史……」
決意を新たに、もう一度その名を呼ぶ。
「いつも以上に優しく」、批土岐に言われた言葉が舞った。
「……お疲れ」
「響……?」
溜めに溜めてやっと渡せた一言、けれど微かに呟くだけで精一杯だった。
それでも慶史は言葉を拾い上げ、驚いた様に名を呼んでくる。
たかが4文字が、なんでこんなにも言いづれえんだ……。
「……ん。サンキュな」
「……足、いてえか?」
「ん、まあちょっとだけな。でも別に大したことねえから、気にすんな」
茶化す事なく受け入れてくれた慶史に、言いたくても言えないでいたことを、ようやく言葉として紡ぐ。
ずっと気になって仕方が無かった……、やっと、言えた……。
「さーて、暗くなってきたことだし帰っかー。な、響」
慶史の背に手を回し、これから一体どうすればいいのかと考え始めれば、慶史がポンポンと軽く肩を叩き、それを合図にお互い離れていく。
「……よこせ」
「ん? ああ、いーっていっーて」
「……」
「ははっ! んじゃ~、傷口蹴られる前に、大人しく渡しとくか~! 結構重いぜ?」
攻撃的ながらもなんとか鞄を奪い、自分の肩へと下げる。
そして靴を履いていた慶史の肩に、そっと腕をまわす。
「……すげえ、……かっこよかった」
そっぽを向きながら、これ以上無い位に頬を赤らめ、精一杯の想いを慶史に伝える。
始めは驚いた表情を浮かべていたが、すぐにも優しく、愛しげな笑みへと変わっていた。
「惚れ直しちゃった?」
「調子に乗んじゃねえっ……」
身を寄せ合いながら、ゆっくりと前に進んでいく。
この関係がいつまでも、続いてくれたらいい。
「おぉ! 星が出てんぞ響~!」
「テ、テメエッ……、わざとらしく体重掛けてきてんじゃねえよっ……」
「ん? ほらほら、アレだって」
「うるせえこのボケッ!! とっとと歩け!!」
「ははっ! へ~いへいっ」
その笑顔に明日もきっと、心を癒される。
あの頃も、今も、そして……、これからも。
《END》
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