40 / 45

11.ウラアルファ〈6〉

「よっ。待たせてわりーな」 先程までの活気が嘘の様に、何処もかしこも静けさが漂っていた。 空はいつしか夕闇色に染まり、少しずつ夜を呼び込んでいく。 昼間の賑やかさが、なんだかとても昔の事の様に思えた。 「……おせぇんだよ、アホ」 肩から鞄を下げ、片足を少し引き摺る様にして、慶史が姿を現す。 やっぱり痛むのか……、真っ先にその心配を口に出したいのに、素直になれない気持ちが阻む。 大丈夫か、痛むのか、辛いか、持ってやろうか、掛けてあげたい言葉はとめどなく溢れるのに、頑固な唇はそれをなかなか紡ごうとしない。 馬鹿野郎……、こんな時位……もう少し素直になれよっ……。 「ははっ、わりーわりー! んじゃとっとと帰っか!」 お決まりの無愛想を前にしても、慶史は不快感を示すこともなく、下駄箱から取り出した靴を落とす。 そしてすぐにも履こうと一歩、足を踏み出した。 「つっ……!」 「慶史!?」 つい普段の調子で足を踏み出したが為に、痛みで足元がふらついてしまい、前へと倒れ込んでしまう。 頭で考えてる暇など、一瞬たりとも無かった。 「……わりぃっ、響……」 倒れ掛けた身体を受け止め、薄い闇に包まれ出した昇降口で、二人抱き合う。 耳元で囁かれた謝罪、それには何も答えなかった。 「……慶史」 真っ先に言ってあげなければならない言葉が、ずっと喉の奥に残っている。 見事に勝利を手にし、想いを託した者が涙を浮かべながら、慶史に声を掛けた。 周りもそれに同調し、和やかな雰囲気に包まれながら、互いの頑張りを褒め合った。 「ん?」 か細くも紡いだ名前に、慶史が優しく声を漏らす。 するりと腕が、背中へ回された。 「っ……」 穏やかに過ぎていく時、なかなか言い出せず思考は混乱するばかり。 せめてそんくらいは……、言い切れる様になりやがれっ……。 「慶史……」 決意を新たに、もう一度その名を呼ぶ。 「いつも以上に優しく」、批土岐に言われた言葉が舞った。 「……お疲れ」 「響……?」 溜めに溜めてやっと渡せた一言、けれど微かに呟くだけで精一杯だった。 それでも慶史は言葉を拾い上げ、驚いた様に名を呼んでくる。 たかが4文字が、なんでこんなにも言いづれえんだ……。 「……ん。サンキュな」 「……足、いてえか?」 「ん、まあちょっとだけな。でも別に大したことねえから、気にすんな」 茶化す事なく受け入れてくれた慶史に、言いたくても言えないでいたことを、ようやく言葉として紡ぐ。 ずっと気になって仕方が無かった……、やっと、言えた……。 「さーて、暗くなってきたことだし帰っかー。な、響」 慶史の背に手を回し、これから一体どうすればいいのかと考え始めれば、慶史がポンポンと軽く肩を叩き、それを合図にお互い離れていく。 「……よこせ」 「ん? ああ、いーっていっーて」 「……」 「ははっ! んじゃ~、傷口蹴られる前に、大人しく渡しとくか~! 結構重いぜ?」 攻撃的ながらもなんとか鞄を奪い、自分の肩へと下げる。 そして靴を履いていた慶史の肩に、そっと腕をまわす。 「……すげえ、……かっこよかった」 そっぽを向きながら、これ以上無い位に頬を赤らめ、精一杯の想いを慶史に伝える。 始めは驚いた表情を浮かべていたが、すぐにも優しく、愛しげな笑みへと変わっていた。 「惚れ直しちゃった?」 「調子に乗んじゃねえっ……」 身を寄せ合いながら、ゆっくりと前に進んでいく。 この関係がいつまでも、続いてくれたらいい。 「おぉ! 星が出てんぞ響~!」 「テ、テメエッ……、わざとらしく体重掛けてきてんじゃねえよっ……」 「ん? ほらほら、アレだって」 「うるせえこのボケッ!! とっとと歩け!!」 「ははっ! へ~いへいっ」 その笑顔に明日もきっと、心を癒される。 あの頃も、今も、そして……、これからも。 《END》

ともだちにシェアしよう!