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2.ぐるぐる

「……慶史」 「ん? よ、響」 後ろ姿が小さくなるまで楽しげに見守っていた俺だったが、呼び掛けられた声に視線を向ける。 瑞希が大慌てで逃げ出す相手、目の前には兄である響が立っていた。 「よじゃねえよ馬鹿」 自販機に寄っていたらしい響の手には、冷えた缶が当たり前のように二つ持たれていた。 「サンキュ。優しいのな~響ちゃん」 「るせ、しばくぞテメエ」 無造作に投げられた缶を一本受け取り、先程まで瑞希が座っていたところへ腰掛けてくる。 そうして、暫しの間。 「……なんか、言ってたかよ」 「ん?」 プシュッ、と音を立てながら外れるプルタブ。 一口飲んだところで、ポツりと隣から聞こえてきた言葉に瞳を向ける。 「……」 「別になんも言ってねえよ。お前が気にするようなことはなんにもな?」 「……そうか」 俯き加減に答えては、複雑な表情を浮かべながら足下を見つめる。 互いにもう長いこと、踏み出せずにいる一歩。 「相変わらず喋ってねえの?」 「……まあな」 「なんで?」 「……今更聞くのかそんなこと」 「ははっ! そんな怒んなって~!」 瑞希の言葉通り、相変わらずこの兄弟には進展がないらしい。 そりゃ無理だろうな、遠目で響見てあの慌てっぷりじゃな。 「大体すげえ避けられてるし。……ま、当然のことだけど」 「……」 「俺のせいだしな」 淡々と言葉を発しているように思えるけれど、その瞳には寂しさが込められているのが分かる。 本当のところを知らない響にとっては、瑞希が実は照れているだけだなんてことに気付けるはずもない。 「ん~……手がかかんなあ」 「あ?」 自分のせいでと苛む兄と、単に照れくさいだけの弟。 どっちの言い分も分かっているだけに、俺が説明してやりゃいいだけの話に思えるかもしれねえけど。 「そういやアイツ笑うとだいぶイメージ変わんのな!」 「……」 表には出さずとも気にしているらしい気持ちをどうにかしてやるかと、話題を少し変え響の横顔を見つめる。 口にした言葉は、俺じゃなくても大抵の奴は皆そう思うんじゃないかということで、実際瑞希は笑うとイメージが変わる。 「……」 「ん? 響?」 何かしら反応があるだろうと思っていたが、なかなか返ってこない。 未だに飲まれず手の内にある缶、黙っていた響の顔を覗き込んでみた。 「……お前には随分素直じゃねえか」 「……あれ?」 あ、墓穴掘っちまった。 俺がどうこう口を挟めないのもこれで分かるってやつだ。 瑞希の表情を兄より知ってるなんてそりゃ、切ないとこだと思うしな。 じと、と少し拗ねたように視線を向けてきた響と目が合って、ごまかすように軽く笑っては頭をひと掻きする。 「なになに~? 妬いてんの?」 「あ? 馬鹿かテメエ」 瑞希が俺にはよく笑うことがどうやらお気に召さないらしい。 実はお兄ちゃんも、弟のこと大好きだもんなあ。 「あ、そういや瑞希がな」 「……」 「どした?」 「……瑞希がなんだよ」 躊躇いがちではあるけれど、気になるもんは気になるらしい。 強い瞳が、早く先を言えと促している。 「あれ、なんだっけな」 「あァッ!? テメふざけんじゃねえぞ!」 「んじゃ~本人に聞いてみろって!」 「……! ならいいっ……」 意地悪くごまかしてみれば、当然だけれど怒る響。 なんのことか気になる様子ではあるけれど、瑞希同様本人にはまともに声も掛けられないらしい。 まあ、今はまだそんな時が続いてもいんじゃねえかな。 「んじゃ、コンビニデートでもすっか!」 「1人でしてろボケ」 「おし! 行くか~っ」 「なに引っ張ってんだオイ。テメ聞いてねえな、聞こえたけどシカトしやがったなテメエ」 「なににすっかな~」 「聞けボケ!!」 悩めば悩む分だけ、いつかちゃんと報われるもんだと思うぜ。 ま、どうにも出来なくなった時は、手伝い位ならしてやるから。 「あ、そういや明日テストなかったっけ」 「……」 「あれ? 響~?」 「……」 その前にまず、この損ねた機嫌をどうにかしねえとな。 《END》

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